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用務員を見捨てた話 これは「遊・裕・Youコンサート」の日の朝、集合場所である佐世保に向かっている途中のちょっとした出来事である。 列車を降りて有田駅の3番ホームに立った時、いつもそうするように、僕は用務員にコーヒーの空き缶を手渡して、彼がそれをホームの隅にある屑篭に捨てて戻ってくるのをじっと待っていた。 ところがしばらく経ってもなかなか戻って来ない。ホームが学生たちで混雑しているせいもあるのだろうが、それにしても遅い。僕は次第に不安になってきた。 「間に合うだろうか。」 この駅での乗り継ぎ時間は3分しかない。僕らが次に乗り込む佐世保行きの電車はすでに1番ホームに入ってきていて、その電車には評論家が乗っているはずだ。 それに何と言っても、今日は長崎でのコンサート本番の日である。遅刻は他のメンバーに迷惑をかけることになるので許されない。 「この人込みだ!もしかしたら、用務員は僕が先に行ったものと思って、一人でホームを渡ったのではないだろうか。」 そう判断した僕は、彼が言い残していった「ここでまっとってね!」という忠告を無視してホームを渡る階段へと向かって歩き出した。 そして、念のために階段の手前で振り返って少し大きな声で用務員の名前を呼んでみた。しかし、何の返事も返ってこない。 もうまちがいない。あいつは先に行ってしまったのだ。 僕は急いで会談を上って反対側の1番ホームへと渡り、停車している佐世保行きの電車に乗り込んだ。 評論家が座っているのは後部車両の一番後ろの席と大体決まっている。前の方から乗車した僕は、電車の中を杖で探りながら歩いて評論家の席を探し出した。 ところが、評論家の席に先に辿り付いているはずの用務員はいる気配がない。 「おい、用務員は来てないのか?」 「用務員?あれっ、一緒じゃないの?」 おそらく、評論家の方が驚いたに違いない。 僕は簡単に事情を話した。 「しまった!やはりあの場を動くんじゃなかった。」 そう思っても、「時すでに遅し」で、電車は次の駅に向かって静かに走り出していた。 今頃きっと用務員は有田駅で僕を探し回っているだろう。 何か事故に巻き込まれたのではと心配しているのではないか。あるいは誘拐されたとでも・・・。いやっ、まさかそんな風には思わないだろうけど。先に行ったと気付いて追いかけてきてくれればいいが。 まてよ・・・、僕が自分を見捨てて先に行ったと分かったら、あいつのことだから、ネチネチと文句を言うに違いない。今日は一日中臍(へそ)を曲げられてコンサートに差し支えても困るしなあ。 佐世保に向かってどんどん走って行く電車の中で、僕はそんなことを考えていた。 「ごめん評論家、俺やっぱり次の駅で降りて有田に戻るよ。」 そう言って、僕は一人早岐駅で下車して、待たせておいた博多行きの特急電車に乗り換えた。 早岐から有田まで10分余り。その間僕は「用務員、頼むから動かずにそのまま有田駅にいてくれ!」とただただ祈っていた。 有田駅に着いて駅員に誘導してもらって改札口に行くと、そこに用務員は立っていた。 あの後、駅の公衆電話から評論家の携帯に電話して、僕が戻って来ていることを聞いたのだそうだ。 タイミング良く、5分くらい待ったところで次の佐世保行きの電車がホームに入って来たので、僕らは無事それに乗り込むことができた。 「ごめん、あの時てっきりお前は先に行ったとばかり思い込んでいたものだからさ・・・。」 席に座ってから、僕が弁解しながら謝ると、 「俺はね、友人を見捨てて自分だけ先に行くような薄情な男ではないよ。」 と彼はきっぱりと言い放った。 「おいおい!用務員。と言うことはだ、俺は友人を見捨てた薄情者ってことになるのか。」 これからしばらく、僕はその汚名を背負ってかちがらすの活動をしなくてはいけないことになるらしい。 おそらく用務員は事有るごとに、「俺は幸松ちゃんに見捨てられた」と言いつづけるだろう。 「あっ、そうだ。いいものがある。」 僕はこれでご機嫌を取ろうと思い立ち、練習の合間にこっそり一人で食べるつもりでバッグに忍ばせておいたチロルチョコレートを1個彼に与えた。せめてものお詫びのしるしだ、食べてくれ。 こんな子供だましみたいなものでどれほどの効果を得られるかは分からないが、何もしないよりはましだろう。 現にこの日、何度となく「幸松ちゃんに見捨てられた」という台詞を聞かされはしたが、僕が予想していた回数よりもずいぶん少なかったように感じた。 人間の悩みというものは、どうも何層もの階層構造になっているらしい。一番上の問題が解決すると、次の心配が持ち上がってくる。 「評論家を一人残して下車してしまったが、あいつ日宇駅で大丈夫だっただろうか?」 そう僕がつぶやくと、用務員はいかにも僕が無駄な行動を取ってしまったかのように冷たく言った。 「俺は自力でリーダー宅まで行けるんだから、俺と評論家の歩行能力を考えると、幸松ちゃんはわざわざ立ち戻ったりしないで評論家と一緒にそのまま行くべきだったんだよ。」 冷静に考えてみると、確かに用務員の言うとおりかもしれない。普段の評論家ならさほど心配する必要はないだろうけど、今日はライブということで、マーチンのギターを抱えてきているのだ。 まあ評論家のことだから、通行人を捕まえてでも安全に開札まで出て行ったとは思うが。 結局この日、僕らは30分遅刻しただけで、思っていたよりも早くリーダー宅に着くことができたのだった。 それにしても、どうしてコンサート本番の日となるとこうもハプニングが起こるのだろうか。きっと緊張していて気持ちに余裕がないからに違いない。 もう何十回、いやっ何百回となく用務員とあの駅を利用してきたはずなのに、かつて1度もはぐれるようなことはなかった。 第一有田駅のホームはいくら学生で混雑しているとは言え、大人が迷子になるような場所ではないのだ。 それだけ僕の気持ちが先へ先へと飛んでしまっていたということなのだろうけど、あまりにもそそっかしすぎる。 今後これを良き教訓として、次からは少し落ち着いて行動して行きたいと思う。そして、もう二度と友人を見捨てたりしないように気をつけたいとも・・・。 僕はそう硬く心に誓ったのだった。 終り。 2004年11月8日 |