遊・裕・Youコンサート(その1)


●日時 10月24日(日)
   開場17時 開演17時30分
●料金2000円
●場所 旧香港上海銀行長崎支店
●出演バンド かちがらす いかだ 西岡アキオ ザ・西川バンド
●主催 遊裕Youコンサート実行委員会

10月24日 日曜日 秋晴れ

かちがらすのこの日の日程

9時 リーダー宅に集合
午前中 手話の会の人との合同練習
12時頃 昼食
12時30分 迎に来てくれた数台の車に分乗して長崎の会場へ移動14時30分 会場到着
15時 出演者及びスタッフ間の顔合わせと本番に向けての打ち合わせ
15時30分〜17時 リハーサル
17時30分〜20時 本番
20時30分 開散

 僕が用務員と二人でリーダー宅に着いた時、すでに手話の会の方々は来られていて、リーダーも美貴ちゃんも評論家も楽器を広げてスタンバイしていた。
実を言うと、僕と用務員は来る途中、有田駅でちょっとしたアクシデントがあって、30分ほど遅刻してしまったのだ。
それについては後で詳しく書くとして、僕はすぐに自分のギターをチューニングして練習に加わった。
美貴ちゃんと合わせるのは今日が初めて。でも、美貴ちゃんは以前演奏した時の譜面を持っているので、ほとんど心配はない。数ヶ所パートや音色などについて細かい打ち合わせをするだけでOKだった。
今回は手話の練習に重点をおきながら、手話の方々からのリクエストを受けて演奏するという形で僕らも最終的な仕上げをして行った。
手話が入ると、いくら練習とは言え、気合が入る。僕は朝からけっこう飛ばして歌ったと思う。先日まで風邪をひいていて喉の調子が思わしくなくちょっと不安だったが、何度も繰り返し歌っているうちに、「今日は何とか行けるぞ!」という手ごたえを感じることができた。やはり気合は大事である。
 昼食は、美代ちゃんが昨夜から煮込んだという、お手製のおでんを大鍋ごと差し入れてくれたので、手話の会の方々も交えてみんなでつついた。それと、手話の会の方からおに
ぎりと漬物の差し入れがあった。美味しい差し入れをどうもありがとうございました。
 長崎の会場へは、戸辺さん、守永恵さん、美代ちゃん、萱野さんの、車4台に分乗して移
動した。
僕がリーダーと一緒にお世話になったのは、守永恵さんの車である。途中、今回のコンサートを行うようになった経緯などを教えてもらった。
5年前に若くして亡くなった活動家の山本裕司さん。裕司さんを介して広がった仲間の輪をこれからも大切にして行くために、時々みんなで集まって何かイベントを・・・ということで企画されたらしい。
僕が裕司さんと会ったのは、長崎でのSAMのコンサートの時と、佐世保のふれあいセンターで行われた、松崎さん(SAMのメンバー)のミニコンサートの打ち上げの時の2回。
印象は、とにかく明るくバイタリティーのある人という感じだった。まさか、不治の病に侵され、いつ襲ってくるかわからない死の恐怖と毎日闘っておられたなんて、その時の僕は全く知らなかった。
長崎にSAMのコンサートを聴きに行った時、受付でリーダーに対して、やけに親しげに声をかけてくる人がいて、その声の調子がすごく弾んで乗り乗りって感じだったので、「おい、さっきの人は誰や?」と席に着いてからリーダーに尋ねたのを覚えている。
松崎さんのコンサートの打ち上げでは、みんなでギターの話をして盛り上がった。そこで裕司さんは、最近ヤイリのギターをすごい安値で手に入れたことを自慢されていた。その時初めて、裕司さんと「いかだ」の内田君が親しいこと、裕司さんもギター好きだということを知った。

 今回のコンサート会場は、旧・香港上海銀行と言って、明治時代に立てられた、とても古い建物で、現在はイベント会場として利用されているらしい。
中に入ってみると、銀行時代に使われていたカウンターがまだL字状に残っていて、コンサートはその中で行われるという。カウンターの外がロビーで、中が客席とステージ。イメージとしてはそんな感じになるのだろうか。客席とステージはフラットになっていて、客席の部分には椅子が100脚ほど並ぶのだそうだ。
僕らがカウンターの中に入って椅子に腰を下ろすと、長崎の宮本さんという○○のおばさんが出演者の紹介と、これから本番までの日程を説明してくださった。宮本さんとはこれまで何度かお会いして、冗談の言い合える仲になっている。出演バンドの紹介も日程の説明も砕けた感じで楽しく進んで行った。
それから、スタッフが用意してくれていた食事(おにぎりや野菜スープなど)をいただいて、本番に備えての腹ごしらえをさせてもらった。
 音響を使ってのリハーサルは出演順の逆から行われることになっている。したがってトップバッターのかちがらすは、一番最後ということになる。
僕らは、ギターのチューニングと声出しをするために、会場の外に出た。そして、順番が回ってくるまで、駐車場の隅っこで手話の方と一緒に最後の練習をした。

 リハーサルが終わり、30分の休憩があって、いよいよ本番。
かちがらすのオープニング曲は『かちがらすのテーマ』である。これは1番がジョージ、2番を僕が歌うことになっている。開演前の休憩時間に、ジョージに「この歌はリズムがカギだから、あまり音を伸ばさないでテンポ良く歌おうね」と打ち合わせておいた。おそらくそのとおりに歌えたと思う。
2曲目は『緑色の風』。この歌をどう聞かせるかは、はっきり言って、僕のボーカルよりも、お膳立てとなるリーダーのコメントにかかっていると言ってよいだろう。彼のコメントしだいで気難しい退屈な歌にもなるし、世相を反映した感動的な歌にもなる。ちょっとオーバーかな?(笑)。
リーダーは例によって、駄洒落を織り交ぜながら原発に関する話をしていたようだった。「ようだった」と言うのは、駄洒落があまりにもくだらないので、僕はその前後に彼が何を話したのか忘れてしまったのである。でも、コンサート終了後、「緑色の風、いい歌ですねえ!」と手話の方に言ってもらえたところをみると、案外まともなコメントをしていたのかもしれない。
2曲目が終わった後で、お客さん全員と「ジャンケンゲーム」を行った。これはコンサートを盛り上げるためにと主催者側が企画したもので、メンバーの中から一人が代表でお客さん全員とジャンケンをして、最後まで勝ち残った人1名に何かそのバンドのグッズをプレゼントするというものである。
かちがらすは『小さな島の片隅から』のCDをプレゼントすることに決まった。
「さあて誰が代表でジャンケンをするか!」リーダーはこういうゲーム等のアトラクションは苦手らしく、真っ先にパスを申し出た。盛り上げるならもうこいつしかいないだろうと言うことで、陽気で声のでかい、しかも今回出番の少ないジョージにその役を担当してもらうことにした。
しかしジョージだけでは、客席の状況が分からない。そこで、紅一点、雑草の中に咲いた1輪の赤いバラ、というのは大げさかもしれないが、とにかくかちがらすのマドンナ・美貴ちゃんに、ジョージの相方をお願いすることにした。
二人の掛け合いは、横から見ていても滑稽だった。でもその分、けっこう盛り上がったと思う。ジョージは何を勘違いしたのか、「最初はグー」と言いながら自分はパーを出して、美貴ちゃんに「円ちゃん、それはパーでしょ?」と指摘されていた場面などは思わず僕も笑ってしまった。「バッカだなあ、あいつ!」。
後で、守永恵さんに聞いたのだが、かちがらすはみんな最初すごく緊張して硬くなっていたらしい。それが、ジャンケンゲームの時に、スーッとほぐれて行くのが分かったそうである。
そういう意味でジャンケンゲームは、僕らにとっても効果的な息抜きの時間だったのかもしれない。
 3曲目の『Names』と4曲目の『一本の木』は今回の僕らのプログラムの中で最も重要な意味を持つ歌である。
どう重要なのか?それについて説明するには僕はあまりにもボキャブラリーが少なすぎる。それに、リーダーほど山本裕司さんについて知らない。裕司さんについて、薬害について、差別について、命について、性格に書くことができない以上、控えておく方がいいだろう。
きっとこの2曲には特別な思い入れを持っている人が多かったのに違いない。客席のあっちこっちから鼻をすする音が聴こえていた。
SAMの歌である『一本の木』は、僕が歌詞を読み上げながら会場のみんなで合唱した。
 5曲目、最後の歌は『なぜどうして』である。リハーサルの時に僕と美貴ちゃんが棄却したはずなのに、リーダーは「人を殺した人は犯罪者として罰せられるのに、なぜ戦争で人殺しをした人は犯罪者にはならないのか?」という、自分の「なぜ?どうして?」について、子どもの書いた錯文を例にとって熱く語りだした。
よほどこのことをみんなに訴えたかったのだろう。僕は「やっぱり始まったか」と思いながらも、彼の弁舌を効果的にするために、予定外だがギターで静かにBGMを入れてあげた。
『なぜどうして』のボーカルは、なぜか歌っていて力が入った。ライブが久しぶりだったこと、この歌が僕らのステージの最後の歌であること、それに初の長崎という気負いもあったのかもしれない。僕は精一杯の気持ちを込めてこの歌を歌った。そして、満員のお客さんに大きな拍手をいただいて、僕らは30数分間のステージを終えた。

その2に続く。

2004年10月28日



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