ワニ農法


 先日、アルバムのレコーディングのため楠林さんが蘇陽からはるばる佐世保まで来てくれた。午前の収録が終わって、「久しぶりに会ったのだから、今日はパーッとみんなで外食しよう」ということになり、僕らは楠林さんのブルーバードに乗り込んで、近所のサボテンというトンカツ屋さんへ行った。
 以下はそこでトンカツ定食を食べながらみんなで盛り上がった話の再現である。

「楠林さんのところにもイノシシは出ますか?」
僕らが尋ねた。
楠林さんは阿蘇の蘇陽町で農業をしていて、今ちょうど田植えが終わり、農作業は一段落したところなのだそうだ。

「出るよ!」

楠林さんの話によると、あちらでも年々イノシシは増えてきていて、最近では阿蘇どころか、熊本にまで出没しているらしい。

「で、何か対策は取っているんですか?」

「周りは柵を張ったりしている所もあるけど、僕は何もしていないねえ!」

いくら柵を作っても、それに電気が流れるように仕掛けをしないと、イノシシよけとしてはあまり高価はないのだという。それにそこまですると、経費もずいぶんかかるらしい。

「じゃあイノシシが来ないように番犬を置いたらどうですか?」

いかにも素人ならではの単純な発想。

「犬と言っても普通の犬ではなくて、ドーベルマンみたいな大型犬を置くんですよ。それだったらイノシシもそう感嘆には近寄れないと思うんですけど。」

「イノシシは夜行性の動物だからねえ。あんなものが夜中に出てきたら、いくらドーベルマンでも怖がるんじゃないかな。まあ、ワンワン吼えてくれる分、警報ベルの代わりにくらいはなるだろうけどね。

「それなら、イノシシの絶対に叶わないような動物、例えばライオンなんかを見張りに置いておくってのはどうですか?」

ライオンなら、イノシシを片っぱしから捕まえて食べてくれるんじゃないかという発想だ。

「それはいいけど、もしも逃げ出した時がたいへんだよね。相手は肉食獣なんだから、手がつけられなくなるんじゃないの?」

「阿蘇の楠林さんの田んぼでイノシシの見張りをしていたライオンが先ほど逃げ出しました。皆さん厳重に警戒してください。と全国ニュースで流れたりしてですね(笑い)。」

 それがダメならということで、次に上がってきたのが、ゾウを見張りに置くという案である。
「ゾウは百獣の王ライオンでさえも一目置いているほどの存在なのだ。だから、いくらイノシシだってゾウの見張っている田んぼには手出しはできないだろうというのである。

「でもねえ!」
楠林さんはしばらく考えてから続ける。
「ゾウは確かにイノシシを追い払ってはくれるだろうけど、稲がぺっちゃんこに踏みつぶされそうだね。それにゾウは草食動物だからもしかしたら草も米も全部食べ尽くされてしまうかもしれないよねえ。」

これではイノシシの被害と全く変わらないではないかということになり、このゾウの案もあっけなく却下された。

「あっ、もっといい方法がありますよ。」

次の案は、田んぼの周りに外堀を作ってその中に大きなワニを飼っておくというものである。

 楠林さんは以前、除草剤を巻く代わりにアイガモに草を食べてもらうアイガモ農法をやっていたことがあるという。しかしアイガモが全部逃げ出してしまったために、以後そのやり方を止めて、現在では手作業で草を刈っているのだそうだ。

「どうですか?この方法ならイノシシも入って来れないし、アイガモだって逃げ出せないですよ。もしイノシシやアイガモが堀を渡ろうとするとワニの餌食になっちゃいますからねえ!そうなるとワニにわざわざ餌を与えなくてもすむし、一石二鳥ではないですか。」

「それはいいんだけど、そうなると、僕が田んぼに入るのも命がけだね。」
楠林さんは真面目に言う。

そこで、どうやったら楠林さんが安全にワニのいる堀を渡ることができるかという問題になった。ワニを手なづけて、因幡のシロウサギみたいに背中に乗っけてもらって渡るのがいいのではないかとの意見も出たが、ワニは爬虫類だから人になついたりはしないだろうし、だいいち因幡のシロウサギだって最後には海に落とされて毛をむしられてしまっている。

「そうだ、麻酔銃を用意しておいて、田んぼに入る時だけワニを眠らせるってのはどうですか?」

「うん、なるほどそれはいいねえ!」

 こうやって、この奇抜なワニ農法は具体的に煮詰まって行ったのである。
ところが、また新たな問題が浮上した。ワニは熱帯地方に住む動物なので、阿蘇の冷たい冬を越すことができないのではないかという心配だ。
もうここまで来たら話は止まらない。

「阿蘇ってたくさん温泉があるじゃないですか。冬の間どこかの温泉に入れておいたらいいんですよ。」

「温泉ねえ!それはいいけどどうやって温泉までワニを連れて行こうか?」

「う〜ん、鎖でつないで引っ張って行くしかないでしょうね。」

でも、ワニの首にはくびれがないので、首輪をつけてもすぐにすっぽ抜けてしまう。じゃあ、ワニの体のどこの部分に鎖を取り付けたらよいだろうか。そこまで話が進んだところで、僕らは席を立たなければならなかった。
評論化が4杯目のご飯と同じく4杯目の味噌汁を平らげてしまったのと、とんかつ屋さんの店内が次のお客の波で込み合ってきたからだ。

 席を立つのと同時に、この話はきれいさっぱりと僕らの思考から消え去ってしまったので、以後メンバーの間でワニ農法の話題について語られることはなかった。おそらくこれからもないだろう。
 昔から僕らはこの手の話が十八番(おはこ)で、こういう風に話を現実とはかけ離れた世界へと飛躍させては、笑ってそれを清涼剤にしてきたのである。特にリーダーの河内はその手の発想にとても長けている。
今回は話の主人公が冗談の好きな楠林さんだったから一緒に盛り上がることができたけど、例えば主人公が用務員だったりすると、堅物で現実思考の用務員は時としてその飛躍について行けなくて、怒り出すことがある。
まあ冗談もほどほどにということなのだろうけど、こうやって僕らはひと時の団欒を空想と現実の狭間で楽しんでいるのである。

 食事から戻ってきた僕らは、すぐに午後のレコーディングに取り掛かった。午後の録音はバラードのメッセージソング「約束」になっていた。きっと楠林さんも気持ちをレコーディングモードに切り替えるのに苦労したのではないかと思う。それでも、何とかこの日の予定分は全て収録することができた。そう言った意味でも、僕らにとってはたいへん有意義で実り多い一日だった。
2003年7月1日


 
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