GUITAR ESSAY 弾き始めるきっかけ〜ステヨカギター編

 
 今かちがらすのホームページでは、評論家の横田に僕らのギターの紹介を連載してもらっている。横田は自分でアコースティックギター評論家と名のるくらいギターが好きで、僕らが羨むような型式・年式のフォークギターを数多く所有している。
 実はギターが大好きという点では僕も同じで、下手なおじさんのカラオケマイクではないけれど、一度膝に抱えるとなかなか放さない方である。
用務員の武原はいつもぼやく、「幸松ちゃんがギターを持っている時は何を話し掛けても上の空。だからギターを取り上げない限り話も行動も先へは進まない」と。
武原に言わせると、この僕は「評論家にギターを持って来させては、それを弾いて楽しんでいるすごく狡い性格」なのだそうだ。
 
 僕がギターを始めたのは中学2年の頃で、当時同級生だった川内の影響によるところが大きい。
当時の僕は、まだギターという物にさほど興味がなかった。でも普通の本を読むだけの視力はかろうじて持ち合わせていたし、簡単な音符は理解できるくらいの頭脳もあった(?)。だから川内の部屋に遊びに行く度にギターの楽譜やコードブックを彼に読んであげていた。たしか「グレープ楽譜集」とか「かぐや姫全曲集」と言ったような。
僕の任務は、これらの本に載っている曲の中からFコードを使わない局を選び出すこと。次に知らないコードの押さえ方を図を見ながら説明すること。そして彼の弾くギターに合わせて歌うことだった。
そうやっているうちに、「門前の小僧なんとやら」で、僕も次第にコードがわかりだして、ギターに興味を持つようになった。つまり河内によって僕はギターの世界へ引きずり込まれて行ったという訳である。
 
 最初に買ったギター(性格には親にねだって買ってもらったギター)は、モーリスのW-18というシンプルな全く飾りのないギターだった。その頃僕は音楽雑誌などで見かけるギブソンギターのルックスにあこがれていたので、ピック板を派手なものに張り替えたり、弦を止めるピンをキラキラのやつに付け替えたりして、すこしでも高いギターに見せかけようとしていた。今思えばとても愚かしい事なんだけど。
結局このギターは、何年か弾いているうちにペグ(糸巻き)を固定するためのねじが緩んでしまい、チューニングが合いにくくなったため、次第に弾かなくなって、その後何年も物置に眠らせる結果となった。
 ところが今から7・8年くらい前、僕が「あのギターもう使い物にならないから思い切って処分しようかと思っているんだ」とメンバーに話したところ、用務員の武原が「捨てるくらいなら俺がもらうよ」と言って引き取ってくれたのである。
僕が1度「捨てようか」と決心したところから、以後このギターをメンバーの間では「ステヨカギター」の愛称で呼ぶようになった。
現在ステヨカギターは、武原の手によってペグが新しい物に付け替えられ、ピック板も元の形のものに張り替えられ、おまけにフィッシュマンのピックアップまで取り付けられて、彼の部屋の中でひっそりと暮らしている。
 武原はギターを修理した時僕に言った。
「今更返せと言われても絶対に返さないからね!」
な、何ということを!
僕は人のギターを弾かせてもらうのは好きだけど、決して横取りしようなんてことは思わない。それどころか、ステヨカギターを見事に生き返らせてくれた君にとても感謝しているし、ステヨカギターのためにも「大切にしてくれる新しいオーナーが見つかってよかった!」と心底喜んでいるんだからさ。
 
 ギターについて書くならネタには事欠かない。だからと言ってこのままだらだら書いて行くのは、きっと読み手を退屈させるだけだろう。続きはホームページの更新に行きづまった時にでも書くとして、ギターに少しでも興味のある人はアコギ評論家のコーナーをぜひ覗いてみていただきたい。
 
1970年代生まれのステヨカギター
モーリスW-18の写真です
 
 そう言えば今年になって僕はまだ1度もギターを弾いていない。なるほど!活動がOFFの時にこうやって怠けているから、ちっとも上手くならない訳だ。
よ〜し、今年こそは「禁じられた遊び」をマスターしてバスセンターのばあちゃんたちのリクエストに応えてみせるぞ〜!
お願いですから、誰か僕に「禁じられた遊び」の弾き方を教えてくださーい!
 
2003年1月11日



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