濱地鶴美さんを偲ぶ会


11月28日 金曜日 曇りのち晴れ


 今日、佐世保のふれあいセンターで、夕方の5時から、この秋に若くして亡くなられた、濱地鶴美さんを偲ぶ会が催された。そして、その中で30分、リーダーと二人でミニライブをした。
 僕らが戸辺さんの車でセンターに着いたのは6時20分頃。会場では、最後の人、鶴美さんのご主人のお話があっていた。
 思い返せば、今から4年前(1999年)、「アイアイコンサート」というイベントが佐世保で行われ、僕等・かちがらすは、実行委員の一員としてそのイベントに関わらせてもらった。その時の中心メンバーとして運営にあたっておられたのが濱地鶴美さんだったのである。
 濱地さんは、障害を持つ子どもさんの親として、その他にもいろんな運動に携わっておられたらしく、会場には生前一緒に活動していたという仲間たちが集まり、熱く思い出が語られていた。
こんなにたくさんの人たちに愛され、惜しまれて天国に旅立って行った濱地さん。僕は、そんなすばらしい方と「アイアイコンサート」というイベントを通じて、ほんのわずかだったにしろ、時間と思い出を共有できたことを、とても光栄に思った。
 濱地さんは歌が大好きで、「アイアイコンサート」の時のことが強く印象に残っておられたらしい。それで、会の最後はみんなで歌を歌って当時の濱地さんを偲ぼうということになり、僕らがライブをさせてもらうこととなったのである。
演奏したのは全部で6曲。オリジナル曲の「傷ついた心の君へ」に始まり、「夜空ノムコウ」「野に咲く花のように」アイアイコンサートの時にみんなで歌った「仲間は宝」「翼をください」と演奏し、最後はオリジナル曲の「明日天気になれ」で締めくくった。
僕がこのコンサートの中で一番嬉しかったのは、濱地さんの娘・えりなちゃん(中学3年生)が僕らの歌に合わせて一緒に歌ってくれたことである。きっと彼女もお母さんと同じで歌が大好きなのだろう。
えりなちゃんの歌声を聴いた時、僕は「今日思いきって演奏を引き受けてよかった!」と心底思った。
 「偲ぶ会」が終わった後、アイアイコンサートの仲間で食事会をするからと言って、僕らも誘っていただいた。
会場は小田という料理屋さん。メンバーは、実行委員長をされていた池田さんを始め当時コンサートに関わったお母さん方数名。そして、濱地さんのご主人と川内と戸辺さんと僕である。
不謹慎だと言われるかもしれないが、僕は「きっと濱地さんがこうして、実行委員の人たちと再会させてくださったのだろうな!」と思わずにはいられなかった。
腹一杯の料理と、酔うのに充分な量のお酒をご馳走になった時点で、僕らはその場を退席しなくてはならなくなった。時刻は9時。最終電車の時間が迫っていたからである。
これから僕は電車を3本乗り継いで、1時間半かけて伊万里まで帰らなくてはならないのだ。
酔いの勢いも手伝ってか、僕は全員の人と賑やかに握手を交わして店を出た。
いつものごとく、冷たい夜風がとても心地良かった。

【今回の苦言】
 「今日の選曲すごく良かったよ!」と盛永めぐみさんに言われ、リーダーは得意げだった。
確かに僕もそれは認める。いつもながらさすがだと思う。けどね、一言言わせてもらうと、僕が歌っている横で違うコードを堂々と弾くのだけは止めてほしい。
コードが分からない時はその部分だけ休んでおくか、あるいはギターを軽く叩いてリズムをとるか、ミュートカッティングするか、どれかにしてね。
 とは言っても、「仲間は宝」のコードを拾ったのが前日で、打ち合わせもしていなかったんだから、まあ今回の場合は仕方ないけど。

2003年12月3日



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