ポンポコタヌキの話

 
「おたく、奥さんですよねえ?」
「いいえ違いますけど・・・」
「あっご主人さんでしたか、それはたいへん失礼しました。実はこれこれこう言うことで・・・」
そうやってひとしきり話を交わした後で、最後に電話の向こうの女性はさも疑わしそうに、
「やっぱりあなた奥さんでしょう?」
と言ったそうである。
これは僕の友人のポンポコタヌキの話なのだが。
「あのおばさん、最後まで私が男だってこと信じてくれなかった」と、彼はその時の会話を再現しながら、僕に大きな声で怒りをぶちまけた。長崎線の満員電車の中でのことである。タヌキの声は上の会話からも分かるように、ハイトーンだから人ごみでも一際目立つ。きっと周りの乗客の中には、聞くともなしにその話を聞いて、笑いを噛み殺していた人もいたに違いない。
「ねえどう思う?」
どう思うと聞かれても僕には返答のしようがない。なぜなら、タヌキの怒りよりも、疑いを持ったまま電話を切らざるを得なかった相手の女性の方が僕にはひどく気の毒に思えたからだ。
「ほんと失礼だよなあ!」
しかたがないので、僕は心にもない慰めの言葉を彼に処方して、ひとまず怒りを癒してあげた。
 それから数ヵ月後、またしても同じ長崎線の満員電車の中で僕はタヌキの嘆きを聞く羽目となった。
今度は小学生の子供と間違えられたと言うのだ。
「ねえ、お母さんかお父さんはいらっしゃる?いらっしゃったらかわってくれないかなあ!」
「私が父親ですけど・・・」
「あらっ、ごめんなさ〜い!」
ここまできたらもう僕には慰めの言葉もない。
「しょうがないよ、これから電話に出る時は少し低音でしゃべるように心がけることだな。」
そう忠告してあげるしかなかった。

 こんな風に書くと、僕の友人のタヌキはいかにもなよなよしているように想像されるかもしれないけど、けっしてそうではない。実は昨年高知県で行われた全国身体障害者スポーツ大会に佐賀県代表で出場するほどのスポーツマンなのだ。それにいつも元気がよい。
 昨年の秋、タヌキと一緒に視覚連の運動会に参加した時のこと。時期がちょうど全国身体障害者スポーツ大会の直前ということもあって、代表選手はみんなの前で一言決意を述べることになっていた。
紹介が進みタヌキの番がやってきて彼がしゃべりだした瞬間、僕の周りにいた女性ボランティアの仲から「わあ、かわいい!」という歓声が上がった。
もちろんこの場合の「かわいい!」は彼のタヌキみたいなマスクにではなく、声に対して発せられたものだろう。
 とにかくタヌキは、そのアニメチックな声とユニークな仕草から、たちまちおばさんたちや子どもたちの人気者になってしまうのだ。そう、動物園のあのタヌキさんのように。

 今日、つまり3月9日だが、久しぶりにタヌキと佐賀で待ち合わせて食事に行った。病み上がりの評論家も一緒に。
最近タヌキは自分の声をカセットテープに録音して、それを聴きながら状況に応じた発声法を摸索しているらしい。普段の会話の声とか、電話でしゃべる時の声とか、子どもをしかる時の声とか。
あまりにも滑稽すぎて僕としてはその場面を想像したくはないが、本人にしてみれば客観的に自分の声を聴いてみて、本当に人が言うほど面白い声なのかどうか確かめたかったのだろう。
「何もそこまでしなくても・・・」
僕が言うと、「幸松ちゃんが自分の歌を録音して聴くのと同じことじゃないか」とすぐに切り返されてしまった。
「そりゃあそうだ!」
 まあとにかく僕の友人のポンポコタヌキは、よくしゃべり、よく食べて、よく走る、とてもユニークな男なのである。
そんな彼が毎日欠かさずに「かちがらすのホームページ」を覗いてくれているというから、ほんとありがたいことである。
やはり持つべきものはペット、ではなく友人だなあとつくづく思う。

 食事を終えた僕らは、佐賀駅から5時2分の佐世保行きの電車に乗った。そして途中の肥前山口駅でタヌキ一人が長崎行きの電車に乗り換えて行った。「じゃあ、またね!気をつけて帰ってよ!」と明るく言ってタヌキは降りて行く。彼のいなくなった車内は急に静かになる。
誰にだって日々の悩みはあるだろう。もちろんタヌキにだって。でも、いつも明るく僕らと接してくれるタヌキは、ほんとえらいと思う。
数時間だったけど、一緒に街を歩いて、食事をして、他愛のない話をして、楽しい時間を過ごせたことで、何だか僕はタヌキに元気をもらった気がした。

「よし、俺も明日からまた頑張るぞ〜!」
そういう気持ちで僕は帰路につくことができたのだった。
3月12日

 
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