恐怖の横断歩道


4月11日 金曜日 雨


 僕の毎日の通勤コースに、1ヶ所押しボタン式の信号機が付いた横断歩道がある。
普段はどうってことない横断歩道なのだが、雨が降るとそれが僕にとっては恐怖の関門へと化してしまうのだ。
 どういうことかというと、その横断歩道の手前のアスファルトが少し広範囲に窪んでいるらしく、その部分にけっこう深い水溜りができて、車が通過する度に大きな水しぶきが上がるのである。
ほとんどの場合押しボタンは横断歩道のすぐそばに設置されているので、信号を青に変えるためにはどうしても水しぶきのかかる場所へと出て行かなくてはならない。
僕は車の音が途切れた隙を見計らってボタンを押しに恐る恐る横断歩道に近づく。ところが、車のスピードの方が速いので、ボタンを押し終わらないうちに次の車がやって来て、僕は顔・旨・膝にかけて、激しい水しぶきの一撃を食らってしまうことになる。
その時の惨めさと言えば、「なんで俺だけこんな雨の中歩かなければならないんだよ、こんな思いまでして!」と自分自身情けなくなってくる。まあそんなこと思ってもしょうがないんだけどね。
ただ、車の運転手が少し気をつけて、その部分でスピードを落としてさえくれれば、水しぶきはそんなに上がることはないのだ。現に10台のうちに5・6台くらいはそうやって通過してくれているのだから。
だからこそ僕は、徐行もしないで、平気で人に水しぶきを浴びせて走り去って行く車に対して、激しい怒りを覚えずにはいられない。
人は相手に顔さえ見られなければどんな冷淡なことをしてもかまわないというのか。
「もしも僕に魔法が使えたら、この白い杖ひと振りで、あのバカヤロウのタイヤを四角形や三角形に変えてやるのに!」と何度思ったことか。そして、結果生じる愉快な場面を想像することで、何度自分の怒りを慰めたことだろう。
でもやはりそれは単なる自己満足の空しい空想にすぎない。
だから僕は少しでもこの悔しさをばねにしようと、一昨年「Kindness」という歌を作った。
そして、それだけでは飽き足らずにこのエッセイを書いているという訳なのだ。
 また今日もあの場所で、危うく水しぶきの一撃を食らいそうになった。僕は、打ち寄せる波を交わしながら貝殻を拾う時のように、急いで歩道の後ろに飛びのいて、間一髪のところでそれを逃れたのだった。
仕事が終わって、早く家に帰りたいという気持ちもわかるけど、少しは僕ら弱者のことを思いやる気持ちを持ってくれてもいいのではないか、と僕は思うのである。
2003年4月11日

 
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