中川五郎 福岡風太 シルバーツアー2008(その3)


 会場は、レストランの厨房側がステージとなり、食堂の席がそのまま客席となっている。コンサート中でも生ビールやソフトドリンクはオーダーできるようだ。飲みながらライブが聴けるのはとてもありがたい。

二部の最初は、「春一番の秘蔵フィルムコンサート」である。
「春一番コンサート」は、毎年5月に大阪の服部緑地野外音楽堂で数日に渡って開催されているもので、フォークは元より、ロックやジャズなど、いろんなジャンルのミュージシャンが集まってきて演奏するという、とても豪華なライブイベントである。
始まったのは1971年で、途中数年のブランクはあったものの、2008年の現在まで、ずっと30年以上続いているという。始めにこのイベントを立ち上げた人は福岡風太さん。
その風太さんが今回、五郎さんと組んで「中川五郎 福岡風太 シルバーツアー2008」と題して、九州を回っておられるのだ。
フィルムコンサートは、第1回目からの秘蔵映像を交え、今日に至るまでの歴史みたいなものがダイジェスト風に紹介され、風太さんが自らその場面場面を解説するというスタイルで行われた。その中には、もちろん五郎さんの映像もあった。

次は僕ら・かちがらすのステージである。リハーサル無しのぶっつけ本番だ。
このところのライブをギター2本でやっている理由の一つは、イベントの構成上、セッティングに時間をかけることができないからで、今回のライブもまさにそうだった。すばやくスタンバイしなくてはならない。あまり幕間が長いとお客さんはしらけてしまうし、以後のバンドの出演時間もだんだん後へとずれて行ってしまう。
それでも、この時はなぜかかなり時間を取ってしまった。ギター2本と言っても、1本は生のマイク取り、もう1本はライン取り。だから他のバンドよりもミキシングがやりにくいのだ。前以てPA担当の人にセッティング図を渡しておくべきだった。これは今後に向けての反省材料としよう。

 1曲目は『約束』。歌い始めた時、僕は「声の調子があまり良くないなあ」と感じた。思うように高音が抜けない。そう言えば、2時前に広場で4曲歌ってから4時間半、全く声出しをしていなかった。これじゃあすぐにはエンジンがかからないのも当然だ。それに緊張のせいか、喉まで渇く。
「こんな状態ではたして最後まで歌い通せるだろうか?」
歌いながら僕は不安になった。

 2曲目は『ひとつぶの涙』。戸辺ちゃんが歌って僕がハモることになっている。戸辺ちゃんとこの歌を歌うのはこれが2回目。練習ではけっこうきれいにハモれるようになってきているが、マイクを通してとなると、なかなか上手くいかない。自分の声が聞き取りにくくて音程が取りにくいのだ。それでも、前回の「えぼしんミュージック」の時よりはずいぶんましになったと思う。もうこれは回数を重ねて慣れていくしかない。

 3曲目は『ひまわり咲くふるさと』。この歌を急遽歌うことになった戸辺ちゃんが、リーダーの家にcdを取りに来たのは、ライブの3日前だったという。
それから急いで歌詞とメロディーを覚え、ライブ本番に臨んだ訳である。
「ねえ、歌詞を見ながら歌ってもいい?」
「うん、かまわないですよ!」
本番前の打ち合わせで、僕らはそういう会話を交わしていた。
それがあんな形で行われようとは・・・
 2曲目の『ひとつぶの涙』を歌い終わった後、戸辺ちゃんが僕の背後に回り、「ちょっとごめんね!」と言いながら背中とギターストラップの間に何か紙みたいなものを挟みこんだ。
一瞬「なっ、なんなんだ!」と思ったが、すぐにカンペと気づいた。戸辺ちゃんは僕の後方に立って、そのカンペを見ながら歌うつもりなのだ。
うまく考えたなとは思うが、不自由でもある。
背中にカンペが貼り付いているということは、僕はじっと立ったままでギターを弾かなくてはならなくなる。身体を揺すってリズムを取るってことができないのだ。それは楽ではない。
でも、戸辺ちゃんの為だ。頑張ってお地蔵さんになろう。実際になれたかどうか、自分ではわからないけど。

 4曲目の『平和と平等をあきらめない』と5曲目の『なぜどうして』はいつもやっている歌なので可もなく不可もなく演奏できたと思う。
梅さんが友だち二人を連れて会場に到着したのはこの頃で、僕らはステージの上でそれを知った。
客席からの応援の声というのはとても嬉しいものである。
梅さん、ありがとうございました。

 演奏を終えて客席に戻った時には7時を過ぎていた。
それからライブは、馬場すえよし&相浦たんぽぽ団、特別ゲストの南谷朝子さんと続いていった。
途中、戸辺ちゃんが生ビールを買ってきてくれたので、僕はそれを飲みながら演奏を聴いた。
南谷朝子さんの演奏の途中、8時頃、最終電車に間に合わないからと、ニャンコ姫と評論家が相次いで帰って行った。二人とも五郎さんのライブまで聴きたがっていたが、帰りの交通手段が無くなるとなれば仕方がない。
僕も評論家と一緒に帰るかどうかギリギリまで迷ったが、豪太さんの「伊万里から来ている友人に送ってくれるよう頼んでやるから」という言葉に甘えさせてもらって、最後まで聴いて帰ることにした。

 中川五郎さんのライブは、彼らが帰っていった直後、8時15分頃から始まった。
PAを通して聴く五郎さんの演奏は、生で聴くのとはまた違って素晴らしい。ギター1本とは思えないくらいの迫力だ。
曲も、昼間聴けなかった『25年目のおっぱい』や『腰まで泥まみれ』や『理想と現実』なども聴くことができて、僕としては大満足だった。
少し離れた席で、梅さんの隣に座って聴いているリーダーも同じ思いでいるに違いない。いやっ、おそらくそれ以上だ。
 昼間、広場でリーダーが五郎さんに使用ギターを尋ねた時、五郎さんは「同じメイプルのギターですよ」とおっしゃった。尊敬するアーティストと一つでも共通点があるというのはファンとして嬉しいものだ。それがギターとなると尚更。自分のいつも弾いているJ-200と同じ材質のギターから繰り出される迫力あるサウンドに酔いしれながら、リーダーはきっと大いに刺激を受けていることだろう。

『腰まで泥まみれ』の歌の時のこと。戸辺ちゃんが「わあ!全然違う!」と感嘆の声を上げた。
「コンコン、もしもし戸辺ちゃん!」
僕は戸辺ちゃんの思考の扉をノックした。
「ねえ、僕が隣に居ることを忘れてはいませんか。いま僕の歌と比べてしまったでしょ?」
でも、何の応答も返ってこない。それはそうだろう。戸辺ちゃんの思考は目の前のライブ映像とその映像から送り出される迫力ある音声に占拠されてしまっているのだ。
こんなに夢中になって聴いている戸辺ちゃんを見ていると、僕も嬉しくなってくる。お粗末ながらも予習の為に歌って聞かせておいてよかったとつくずく思う。
それにしても、本家本元の『腰まで泥まみれ』は素晴らしい。そもそも聴いている人に与えるインパクトが全然違う。五郎さんのギターと歌には、心に迫ってくるような気魄が漲っているのだ。
この歌を聴けただけでも、ここに来た甲斐があったというもの。よかったね、戸辺ちゃん。

 五郎さんのライブの後半の数曲は地元のグループ・相浦たんぽぽ団との共演だった。一緒に演奏できるなんて羨ましいなあと思いながら、僕は指をくわえてそれを聴いていた。
最後の曲は五郎さんのギター1本弾き語りで『俺とボビー・マギー』。cdで聴くよりはずっとご機嫌でかっこよかった。
 終演したのは9時15分頃。リーダーの座っている席に行くと、僕も評論家やニャンコ姫と一緒に帰ってしまったと思っていたらしく、「まだ居たんやね」と驚かれてしまった。
最悪の場合、佐世保に止まる覚悟で残ったんだと僕は言って、それだけの価値は充分にあったと感想を告げた。
結局は豪太さんの計らいで、佐世保には泊まらずに済んだのだが。
それからリーダーと一緒に、梅さんを五郎さんに紹介した。いつの日か梅さんのワインバー「田舎」で中川五郎さんのライブが実現することを密かに願って。
その後僕とリーダーで、五郎さんに「今日はどうもありがとうございました」とお礼を言った。五郎さんはそんな僕らに、本番前にリクエストしておいた『僕の遺書』を時間が無くて歌えなかったことをわざわざ詫びてくださった。なんて律儀な方なんだろう。僕は、自分がリクエストしたことを五郎さんがちゃんと覚えてくださっていたことに感激した。

 控え室に戻り、ギターや荷物を片付け、会場を後にしたのは9時40分頃だったと思う。リーダーと戸辺ちゃんに見送られて僕は宮地さんの車に乗り込んだ。
宮地さんは、豪太さんや馬場さんの知り合いの男性で、帰りが同じ方面だということで、僕を伊万里まで乗せて行ってくれるように豪太さんが頼んでくれたのだ。ありがたい。
宮地さんは松尾さんという男性と一緒だったのだが、実を言うと僕は松尾さんをよく知っている。今年の初めにカホンという太鼓を作ってもらったり、昨年から今年にかけて何度か伊万里のライブハウス「とんがりぼうし」に歌いに行く時に同行してもらったからだ。
松尾さんも宮地さんもギターを弾くので、帰りの道中はけっこうギターや音楽の話で盛り上がった。

 車で送ってもらったお陰で、僕は10時20分頃に家に帰り着いた。自分が無事に帰りつくと次に心配になるのは先に帰った評論家のことだ。
家に電話してみるが応答がない。まだ帰宅していないのだろう。
続いてリーダーの携帯に電話した。すると、まだ会場に居て、お疲れさん会の最中だという。もちろん戸辺ちゃんも一緒だ。
ニャンコ姫の家は遠いので、当然この時間だとまだ帰り着いてはいないだろう。ということは、僕がメンバーの中で一番先に帰宅したことになる。ライブを最後まで聴いた上に早く帰宅するなんて、評論家とニャンコ姫にはなんだか申し訳ない気がした。

 このようにして、心の日記帳にまた新たな一ページを刻んで、かちがらすの2008年の夏は終わった訳だが、数週間経った今でもリーダーは言う。評論家とニャンコ姫にも五郎さんのライブを聴かせてあげたかったなあと。実際に本人に会ったことで、以前にも増してフォークシンガー・中川五郎の大ファンになったと。
 そして、評論家も言う。確かに最後まで聴けなかったのは残念だけど、広場で、しかもあんな傍で生の歌声とギターを聴くことができたのだから、それだけでも行った甲斐は充分にあったと。次に同じような機会があれば、今度こそJ-45のギターケースを下げて行って、それにサインをしてもらうのだと。
 そんな二人を見ていて僕は思う。二人とも案外ミーハーなんだなと。そういう僕はと言うと、未だにギターを手にする度に『腰まで泥まみれ』や『俺とボビー・マギー』を歌ってあの時の余韻を呼び覚ましているのである。

2008年9月14日



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