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「前夜祭」長崎旅行の巻(後編) チャンポン屋さんを出た僕らは、長崎の夜の街を西くんに道案内してもらいながらワインバーのあるどうざへと向かって歩いた。夜の10時だというのに、繁華街はたくさんの人たちで賑わっていて、その中には小学生くらいの子どもたちの声もけっこう混じっていた。それだけ長崎は健康的で安全な町なのだろう。 「近くまで来たら電話してください。そしたら店の子を迎えにやりますから。」 リーダーが梅さんに電話した時にそう言われていたらしい。 とりあえず目印になりそうな建物を探し、一際明るいネオンのパチンコ屋さんの前からリーダーが携帯で電話をかけて、自分たちの現在地を告げた。 すぐに迎えにきてくれるそうだ。 「じゃあここで・・・」と言い掛けた西くんを、「最終電車の時間まで一緒に飲もうよ!」と言って、僕らは強引に引き止めた。 断れなかったのか、あるいは僕らと同じ思いで名残惜しかったのか。心中は分からないが、結局西くんも一緒にワインバーへ行くことになった。 電話を入れてから3分後、マスターの梅さんが自ら迎えにきてくださった。 「どなたがフォーキーさん?」 リーダーが「はい!」と言って名乗り出た。 「もし、これがクイズだったら、梅さんはメンバーの誰をフォーキーと思われただろうか?」などとバカなことを考えながら、僕は梅さんとリーダーとの間で交わされる挨拶を横で聴いていた。 評論家はミーハーなのか、梅さんの声がラジオで聴く声と全く同じであることに、えらく感動しているようだった。 店はここのすぐ近くらしい。梅さんに誘導してもらいながら僕らは狭い路地を繋がって歩いた。 ワインバー田舎は、建物の2階にある。少し急な階段を上って、入り口まで行ったらそこで靴を脱いで入るようになっている。 店内は薄暗く、入ってすぐ右側にカウンターがあって、左側にはいくつかボックス席があるみたいだった。 僕らはそのカウンターとボックスとの間の狭い通路を進み、奥の小部屋に通された。 畳敷きのその小部屋は、中央に囲炉裏があって、それを囲むようにして僕らは荷物と腰を下ろした。 その時に店内にはどんな音楽が流れていたのか、僕は覚えていない。 「さあ乾杯しましょう!皆さん、なにを飲みますか?」 確かマスターの梅さんはそう僕らに尋ねられたと思う。 リーダーと評論家は白ワインを、用務員と西くんとぼくは赤のワインをオーダーした。 「かんぱ〜い!」 みんなでワイングラスを合わせた。 しばらく、僕らは西くんを含めメンバーを紹介したり、かちがらす名物の名刺を渡したりして、初対面時にはお決まりの「挨拶タイム」となった。 一通りの挨拶が終わると、梅さんは僕らに、"ナイトながさき"という長崎のタウン誌の記者をされている男性、藤城マンボウさんを紹介してくださった。 今度その雑誌に「かちがらす」のことを掲載することになっていて、その取材をしたいとのことである。 取材はインタビュー形式で、僕らはそれに答えるだけでよかった。 よかったとは言っても、僕らにはすでにアルコールが入っている。果たしてちゃんと受け答えができるかどうか非常に怪しい。 この時店内にはかちがらすの新しいアルバムが流れていた。早速梅さんがかけてくださったのだ。 インタビューは自分たちの出来上がったばかりのCDを聴きながら賑やかに進められた。 この日誌を書いている時点で、まだその雑誌は発行されていない可能性があるので、ここで詳しい内容を書くことは控えておくが、とにかくアルコールが効いていた分、僕らの口は軽快に動いていたと思う。 西くんは、11時頃に電車の時間があるからと、みんなにさよならを言って帰って行った。確かインタビューの途中だったと思う。 どうもこの辺りから僕の記憶は朧になっているようだ。 インタビューが終わると梅さんがカウンターから戻ってこられて、みんなでフォーク談義をした。たぶん。 「じゃあ何か歌ってよ!」 そう言って梅さんからギターを手渡されたのは、果たして何時頃だったのか、どんな話をしていた時だったのか、僕はその時の背景をまるで思い出せない。 ただ、タカミネのギターを抱えて『フォーク喫茶』を含む3曲を歌ったのだけはしっかり覚えている。 「あの時、俺ちゃんと歌っていたかなあ?」 僕は翌日恐る恐る用務員に尋ねてみた。 「まあね、普段の60パーセントくらいにはね。」 歌い終わってボックスに戻ってからも僕らは、梅さんやマンボウさんと、それにもう一人(名前は知らないが)新しく仲間に加わった人と一緒にワインを飲みながらギターを爪弾いていろんなフォークの話をしたり、歌ったりしていた。 これも用務員から後で聞いた話なのだが、この時点で評論家は完全に夢の海原に沈没してしまっていて、リーダーは浮いたり沈んだりしながら波間を漂っている状態で、メンバーでは僕一人だけがハイテンションで、「ふきのとう」について誰かと熱く語っていたのだそうだ。 じゃあ、当の用務員はというと、彼はアルコールは全く飲めない口なのである。最初の乾杯の時にオーダーした赤ワインを、店にいる間の3時間にわずか3分の1しか減らしていないというから、いかに下戸なのかがわかる。 だからこそこうやって一部始終を冷静に観察していられるのだ。 しかし、これは僕の日誌なので、あくまでも僕の視点で書かせてもらう。 ぼんやりとした記憶の中で、僕が今はっきりと思い出せるのは、店に置いてあったKヤイリのガットギターがとても弾きやすく、バランスのとれた良い音をしていたということと、マスターの梅さんがそのガットギターを弾きながらシャンソン風の自作の歌を歌ってくださったこと。そのメロディーと歌声がやけに僕の耳に心地良かったということである。 それ以外の会話の内容に関しては、恥ずかしいことに全くと言ってよいほど覚えていない。 さて、どのくらいの時間が経ったのだろうか。時計の針はたぶん1時を回っていたんじゃないかと思うが・・・。僕らは梅さん、マンボウさん、その他数人に肩を借りて誘導してもらいながら店を出た。 そして、その方々に見送られながら賑やかにタクシーに乗り込んで、ビジネスホテルに戻ってきたのであった。 2004年3月20日 |