「前夜祭」長崎旅行の巻(前編)


3月13日 土曜日 晴れ

「CDが出来上がってきたら、梅さんの所に持って行こうと思っているんだけど、一緒に行ってくれないかなあ?」
 最初にリーダーから電話があったのは、確かCDの出来上がってくる1週間ほど前のことだったと思う。
 「もしも何か歌ってと言われた時に困るからさ、頼むよ。」
歌う・歌わないはともかく、僕は梅さんにお会いしたいという気持ちと、美味しいワインが飲めるという二つの理由で、もしリーダーが行く時があればお伴したいと以前から密かに思っていた。
「もちろん、いいよ!ただし・・・」
僕は、「土曜日の夜なら」という条件付でその頼みを引き受けた。
 梅さんこと、梅沢武秋さんは、毎週日曜日に地元長崎のNBCラジオで放送されている「梅さんの音楽時代屋」というフォークの番組のパーソナリティーで、長崎のどうざという飲み屋街にある「ワインバー田舎」のマスターでもある。
以前、その番組の中に、「よかよかストリート」というアマチュアバンドの楽曲を紹介するコーナーがあって、かちがらすも3年前に「僕たちのフォーク喫茶」という歌を紹介していただいたことがあった。
それに、リーダーは今でもほとんど毎週のようにその番組宛てにフォーキーというラジオネームでリクエストを送り続けている。言わば常連リスナーといったところだろうか。
そう言った経緯もあって、我がかちがらすのリーダー・フォーキーは、梅さんと耳なじみなのである。
そこで今回、「僕たちのフォーク喫茶」がCDになったので、「ぜひ梅さんにも聴いていただこう!もしうまく行けばラジオで流してもらえるかもしれないし!」という身のほど知らずの大それた目論見を抱いて、僕らは上の計画を立てたのだった。
「せっかくだからさ、他のメンバーも誘おうよ!」
ってな訳で、評論家と用務員も一緒に行くことになった。
ただ残念なことに、この長崎行きの話が具体的に煮詰まったのが直前の木曜日だったので、ジョージには声をかけていない。
ジョージが一緒だと楽しい旅行になるのは間違いない。しかし、あいつは土曜日の夜は仕事だし、休みを取るにしても二日前じゃもう間に合わないだろうと僕が勝手に判断したのだ。「ごめんね、ジョージ!」

 当日僕らは長崎行きの快速電車の中で落ち合った。幸い電車は空いていて、向かい合わせの4人座りのボックス席に、みんな一緒に座ることができた。
 実はこの日、僕らにはもう一つ計画があった。それは、僕らのかつての同級生・西くんを呼び出して一緒に食事をするというもの。
西くんは、僕とリーダーと評論家とジョージの中学・高校時代の同級生で、現在は長崎盲学校の理療科の先生をしている。
ところが、その西くんに電話をかける係のリーダーがこの数日バタバタしていて、連絡を取っていないというのである。
そんなことであっさり引き下がる僕らではない。
「今からでもまだ間に合うぞ〜」
悪いとは知りつつ、電車の中からこっそり西くんに電話をかけた。
そんな僕らの急な呼び出しにも関わらず、気のいい西くんは二つ返事で誘いに応じてくれた。
後で知ったのだが、西くんの家から長崎市内までは、バスで1時間もかかるのだそうだ。僕らが電話をかけたのは、確か6時半くらいだっただろうか。それから1時間かけてわざわざ僕らに会いにきてくれるのだから、西くんがいかに気のいいキリンさんかが分かる。
あっそうそう、書き忘れていたが、西くんは180センチを超えるノッポさんなので、僕らは学生時代から彼のことをキリンというニックネームで呼んでいたのである。

 長崎に着いた僕らは、まず用務員が予約してくれていたビジネスホテルにチェックインして、それから西くんと合流した。その時点で、時間はすでに8時を過ぎていた。
僕らは路面電車でしんちという中華街に出た。ところが、長崎の中華街のほとんどの店は8時30分にオーダーがストップするらしく、どこを覗いても「もう終わったんですけど・・・」と断られてしまう。
「土曜日の夜というのに、なぜこんなに早く閉めてしまうんだろう?」と不思議に思いつつ、僕らは片っ端からチャンポン屋さんのドアをノックしていった。
そうやって何軒回っただろうか、評論家が「もう今日は俺にしてみれば5年分も歩いたよ」と弱音をはきはじめた頃、やっとオーダーのできるチャンポン屋さんに辿りついたのだった。

 僕から見た西くんは、学生の頃とちっとも変わっていないように思えた。体型も、そして駄洒落好きなところも。西くんに僕らがどう映っていたのかはわからないけど。
「もしかして、授業中に駄洒落言って生徒を笑わせたりしていないだろうねえ!」 「まさか、教室ではちゃんと真面目にやってるさ!」 ただ、話題がお互いのギックリ腰の体験談に及んだ時には思わず笑ってしまった。西くんも僕らも、同じように20数年の年を重ねているので、ほとんどあの頃と変わっていないように見えるが、きっと身体にはそれだけの年輪がちゃんと刻まれているのかもしれないなと、ふと思ってしまう。
「長崎に来たんだからやはりチャンポンを食べないとね!」
僕らは特製のチャンポンや特製の皿うどんをそれぞれ好みでオーダーしておいてから、再会を祝し生ビールのジョッキを合わせた。
 1時間くらいだろうか、本場のチャンポン、皿うどんに舌鼓を打ちながら僕らはいろんな話をして、とても楽しい時間を過ごした。
しかしこの後、僕らにはまだ行くべき店がある。そう梅さんのワインバーだ。
生ビールと特製チャンポンと餃子だけではまだ腹が満たされないと不満そうにしている評論家を「ワインバーにも料理はあるから心配するな!」とみんなで宥めてから、僕らは席を立った。
はっきりとは覚えていないが、その時僕の触知式腕時計の針は、もう10時を回っていたような気がする。

後編に続く。

2004年3月17日



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