糯米もちごめを噛み続けてももちにならない理由



 昨年某小学校へコンサートに行った時の話である。
僕とアコギ評論家は、校庭で行われている餅つき大会に参加していた。餅つきの方法は、杵と臼を使った昔ながらのやり方である。
食いしん坊の評論家は餅がつき上がるのが待ちきれないと言って、炊き上がったばかりのまだつく前の糯米をもらって来てはそれをうまそうに食べていた。
「どうしてあのおじさんまだお餅になっていないお米を食べているの?」
低学年らしい男の子が僕の所にやって来て不思議そうに尋ねた。
僕はまさか「餅がつきあがるのを待ちきれずに食べているんだ」とも言えず、
「お口の中で餅をついているんだよ。糯米だから、ああやってずっと噛み続けていればそのうちに餅になるんじゃないかなあ。」
と答えてあげた。実の所、僕自身もその可能性を20パーセントくらいは信じていたのだ。
 ところが、控え室に戻ってからメンバーのみんなから「そういういいかげんなことを子どもに教えちゃいかん!」と興られてしまった。
「これは絶対コンサートの中できちんと釈明しなくては、かちがらすの信用に関わる。」
あまりにもメンバーがうるさく言うので、僕はジングルベルを歌った後で子どもたちに向かって、
「本当は糯米をいくら噛み続けてもお餅にはなりませんよ。その理由は・・・う〜ん、評論家先生に聞いてみましょう!」
そう話を切り出した。
ところが評論家はその理由までは知らない。
なにやら口の中でモゴモゴと訳の分からないことを言っている。
「そら見たことか、俺の説の方が説得力があるではないか!」
心の中で思った時、かちがらすの中でリーダーと1・2を争う知識人の武原が突然しゃべりだした。
「餅は杵と臼でつきますよね?口の中に臼はありますが、杵がありません。だからいくら噛んでも餅にはならないのです。」
な・なるほど!すごい説得力だ!
子どもたちの半分くらいは、その意味がまだ理解できなかったようだ。しかしもう少し大きくなって歯の名前を習えば、きっと彼らも納得してくれるだろう。

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