エッセイ「回り将棋」


 今、小2の娘が通っている学童クラブの子どもたちの間で「金ころがし」と言う回り将棋が流行っているらしい。
そのお陰で、僕はここ数日、娘にこの金ころがしの相手ばかりをさせられている。
帰宅すると、待ち構えていたように「父さん将棋しよう!」とせがんでくる。そして、返事も待たずに僕の我が家での唯一の寛ぎの場所である四畳半のワンブロック、畳1畳分のスペースに小さな子ども用の将棋セットを持ってきて板を広げ駒を準備するのだ。
その場所が塞がれると僕はパソコンもゴロ寝もできなくなるので、仕方なく相手することになるのだが、これが一度始めると勝負がつくまでに有に30分はかかってしまうから大変!おまけに、娘が負けたりすると「もう一度」とリベンジを図ってくるのでなかなか開放させてもらえない。
そんな訳で、今回は、少しいつもと趣を変えてこの回り将棋について書いてみたいと思う。

 僕が回り将棋をするのは30数年ぶり。つまり小学生の頃以来ということになる。
当時、学校の寮の一室に集まって、友だちどうしでよくやっていた。呼び方は「回り将棋」じゃなくて、「金ころがし」でもなくて、たしか「歩回り(ふまわり)」と言っていたと思う。
回り将棋とは、将棋板と駒を使った双六ゲームみたいなもので、振り駒(金将4枚)をサイコロ代わりに板の上で転がして、その目の出た数だけ駒を板の一番外側の升目に沿って反時計回りに進めていく遊びである。
まず、板の4つある角の枡のいずれかを自分の陣地と決めてそこに歩兵を置く。駒は歩兵に始まり、1週ごとに香車→桂馬→銀将→金将(銀将の裏で代用)→角行→飛車→王将と昇格(ランクアップ)していく。
王将は1週回った後で自分の陣地から中央に向かって斜めに進み、先に中心枡(五・五ノ枡)に到達(ピタリと停止)した者が勝ちとなる。

振り駒の目の数え方は、表が出れば1、裏が出れば0となる。表2枚で裏2枚ならば2。全部表なら4という風に。但し、4枚全てが裏なら0ではなくて8と数える。
この4と8のぞろ目が出ると、「ハナ」と言って続けてもう一度駒を振ることができる。
駒が立った場合、直立すれば10、横向きに立てば5、そして、これはめったに出ないが、逆さに立てば100となる。
例えば、4枚の駒のうちの1枚が直立して、1枚が横向きに立って、1枚が表になっていて、1枚が裏になっていれば16ということになり、駒を16枡進めることができるのである。
振り駒が板を飛び出して外に出た場合、「ションベン」と言って駒を進めることができない。また、例え板内であっても、二つ以上の駒が重なった場合は、「ダゴ」と言って、その目の数だけバックしなくてはならない。但し、王将だけはバックしなくてもよかったように記憶している。これらの複合で「ションベンダゴ」というのもあったが、どういう動かし方をしていたのかは忘れてしまった。

次に駒の進め方だが、途中いろんな決め事やイベントがあって、これがなかなか面白い。そのいくつかを列挙すると・・・
 1.自分の陣地以外の三つの角いずれかで停止すると、次の角までジャンプができる。逆にダゴを出してバックで角に止まると、一つ前の角へと飛ばされてしまう。王将だけはジャンプもしない代わりにバックもしない。
 2. 他の駒の上で止まると、自分の番が来て降りるまではオンブして連れて行ってもらえる。
 3. 他の駒の前後の枡で止まると「プップ」と言って前の駒は一つ先へ進み、後ろの駒は一つ後ろへバックしなくてはならない。この場合も王将はバックしなくてもいい。
 4. 自分の駒よりも上位の駒から追い抜かれると一つ内側の枡に入って、誰かが助けてくれるまでは、しばらくその辺りで眠っていなくてはならない。
 5. 角以外の対角線上で二つの駒が停止した場合、戦争をしかけることができる。戦争は、対角線上を相手の位置まで行って先に自分の場所まで戻ってきた方が勝ちというルールで、勝った方は駒を一つ昇格し、負けた方は一つ降格する。

これは、あくまでも僕らが小学生の頃にやっていた方法であって、調べてみると、この回り将棋のルールは、金将を振って駒を番目に沿って薦めていくという基本スタイルは同じものの、振り駒の目の数え方や駒の進め方、昇格の仕方、途中のイベントなどは、地域によってずいぶん異なっているようだ。
娘たちが友だちとやっているという「キンコロガシ」も基本的には上に紹介したルールと同じみたいだが、戦争は無いという。彼女たちはちゃんと憲法九条を守っているのだ。偉い偉い!
他にも細かい部分で僕らの頃のルールとは違っている。例えば、プップなんてものはなく、駒が前後に並んでも離れたりはしない。また、振り駒が重なっても戻ったりはしなくていい。その場合の呼び方も「ダゴ」ではなくて「ガシャ」と言っている。角に止まると次の角までジャンプできるのは同じだが、その呼び方は現代っ子らしく「ワープ」である。
ただ面白いのは、板から振り駒が飛び出した場合の呼び方で、僕らの頃と同じく「ションベン」と言っている。
おいおい、君たちは女の子だろ?他の言い方はできないのか?
僕がそう言うと、「私も下品な感じがするけど、みんなそう言ってるもん!」と答える。
おそらく、彼女たちの父親の誰かがゲームを娘に伝授したのだろうとは思うが、この呼び方に対してそのオヤジさんは何も抵抗を感じなかったのだろうか。「ガシャ」に対して、例えば「ポシャ」とか、単純に「ハミダシ」とか、別の言い方を教えることもできただろうに。
と、そう思いつつ僕は、インターネットで「ションベン」の用語の由来を調べてみた。そして、この用語はチンチロリンというサイコロ賭博から来ていることがわかった。振ったサイコロが1個でも丼(ドンブリ)からこぼれることをそのように言うのだそうだ。
なので、この振り駒が板を飛び出した際の「ションベン」は、僕らの住んでいる地方のローカル的な呼称という訳ではなくて、一般的に広く使われている用語だったのだ。
それにしても・・・ やはり僕としては、何か別の呼び方ができないものだろうかと思ってしまう。自分が子どもの頃は何の抵抗もなく使っていたという事実は棚に上げて。

で、回り将棋のルールの話に戻るが、上にも書いたように、地域や年代によってずいぶん異なっている。
駒の昇格は、自分の陣地に戻ってきた時ではなく、四つの角のいずれかにピタリと止まった時に行うという所もあるらしい。もし角で止まることができなければ、そのまま同じ駒で何周でも回り続けなくてはならないのだ。したがって、角でのジャンプはない。
他にも、振り駒で8が出た場合に、升目の数には関わらず次の角までワープして一つ昇格するという特典が設けられている所もあるみたいだ。
また、振り駒の数え方に関しても、全てが裏になった場合、8、6、20などと地域によって様々である。
このように、回り将棋は、本将棋や挟み将棋とは違い、正式なと言うか、公式なルールは存在しないのである。したがって、プレイヤーが自分たちで自由にアレンジして遊んでいいのだ。もちろん、用語もである。
なので、振り駒が板を飛び出してしまった時の呼び方も「ションベン」に固着する必要もない。って、ちょっとくどいか(笑)。

 時代のハイテク化が進んできた現在、子どもたちのゲームも、双六やトランプ、面子(ペチャ)、ビー玉、オハジキと言ったアナログのものから、プレステやDSなどのデジタルなものへと進化してきた。そんな中に、このようなアナログのボードゲームがまだ密かに息づいていることに、僕としては嬉しさを感じる。
それは、僕の単なるノスタルジーではなく(もちろんそれもあるが)、この手の皆でルールを守りながらの遊びは、子どもたちが互いの人間関係を培っていく上で、とても重要な役を担ってくれると信じているからだ。そう、自分たちがかつてそうであったように。
だから、大人たちは、現代の子どもたちに、皆が一緒になって楽しめる遊びを、その楽しさを肌で伝えて行ってほしいと切に願うのである。

「あっ、またションベンだ〜!」
「まったく!この言い方ほんとに何とかならんのかなぁ!」
心の中で舌打ちしつつも、僕は自分の番が回ってくると、勇んで金将を転がすのであった。

2008年10月8日



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