老人保健施設「きらめきの里」5周年記念パーティー・ミニライブ


7月23日 水曜日 晴れたり曇ったり雨が降ったり(梅雨明け前の不安定な天気)


 「今度7月23日にうちの施設の5周年記念パーティーをやりますので、その時に
『きらめく場所で』を生で歌いに来てくれませんか?」
堤さんから僕の所に直接電話があったのは、10日ほど前のことである。
僕は二つ返事で引き受けた。但し、リーダーも一緒ならという条件付きで。
「河内さんは、ボーカルの幸松さんがいいと言うなら自分はOKとおっしゃっていますよ。だからこうして私が直接お電話しているわけなんです。」
「あ、そういうことでしたか!」
 僕らと堤さんとの付き合いは、堤さんが以前勤めておられた純心学園という施設でコンサートをして依頼だから、もうかれこれ10年近くになる。これまでに、吉井町のにこぽかフェスタや学校行事、きらめきの里と、ずいぶんいろんな所でかちがらすコンサートを催してもらっている。
僕らは、かちがらすの音楽を熱心に指示してくれる、堤さんみたいな方々がいてくださるからこそ、こうして長いこと音楽活動を続けることができているのだ。
そんな堤さんの頼みをどうして断れようか。
「で、当日は『きらめく場所で』の歌1曲でいいんですか?」
「いえいえ、せっかくですからその他にかちがらすさんのオリジナルを2曲ほどやっていただきたいと考えているんですけど。お願いできますか?」
「もちろんですよ!」
 こうやって、5周年記念パーティーという非常にありがたい場所で、僕らはミニライブをさせてもらうこととなったのである。

 『きらめく場所で』という歌は、きらめきの里ができて間もない頃、「この施設の歌を作りたいから」という堤さんからの依頼を受けて僕が作曲したものである。作詞は堤さん本人。4分の3拍子のとても優しい感じの歌に仕上がっていると僕は自負している。
この数年間、きらめきの里では、毎朝この歌のテープが流れているのだそうだ。それもかちがらすの歌で。まあそれはいいとして・・・
 パーティー当日、僕はリーダーより1時間ほど早く会場に入った。そして、一人でマイクを使ってのリハーサルをさせてもらった。
パーティーの開始は6時半で、僕らの出番は8時頃になるだろうとのことである。
出番まで僕らは別室の応接室みたいな所に待機しておき、そこで夕食も食べることになっているらしい。
リハーサルを慌しくすませ、僕が一人応接室でギターのチューニングをしていると、ドアをコンコンとノックする音が聴こえ、女性の人が入ってきた。
「お飲み物を何かお持ちしましょうか?」
「はっ、はい!」
この待遇、何だかプロの歌い手にでもなったような気分だ。
「そうですねえ、じゃあ・・・」
僕はビールとも言えずに、アイスコーヒーを注文した。
 リーダーがやってきたのは、それから20分くらい経った、6時50分頃。パーティー会場では、ちょうど乾杯の音頭がとられている頃だ。
係の人に「7時にお食事をお持ちします」と言われていたので、僕らは急いで残りの楽器のチューニングと本番で演奏するパートの打ち合わせを行なった。
今回は用務員や評論家がいない分、僕とリーダーの二人で彼らのパートまでカバーしなくてはならない。そのために若干ギターもいつもとは違う弾き方をすることになる。
そういった細かい打ち合わせをして、7時から食事をいただいて、再び打ち合わせをして、いよいよ出番がやってきた。
 堤さんの弟さんと、きらめきの里の職員の武藤さんと林さんに誘導してもらって僕らはパーティー会場のステージに上がった。
 多少お酒の効きもあるのだろうか、会場はざわざわとすごく和やかな雰囲気である。
まず堤さんから簡単な紹介があって、それを受けてリーダーが挨拶をした。
「今日はこういう会とは知らずに、スローなテンポの曲ばかりを用意してきました。もしかしたら眠くなるかもしれません。もし眠くなったら、どうぞご遠慮なくお休みください。」
ところが、今日のお客さんは、こんなくだらない前置きにもちゃんと反応してくれて、会場内のあっちこっちに笑い声が起こる。
こういう時って、こちらとしてもすごく気持ちが乗っていけるものである。
僕は1曲目の『なぜどうして』と2曲目の『昔僕らは海にいた』をとても気持ちよく歌った。
3曲目は『きらめく場所で』。この歌は毎日園内で流れていることもあって、出席者のほとんどはご存知である。それに前もって歌詞もプリントアウトしたものを配ってある。だからこの歌の時は全員総立ちの大合唱となった。もう気分は最高!
結局このライブでは、アンコール曲『明日天気になれ』まで、4曲を演奏させてもらった。

「こういうコンサートばかりだったら楽なのになあ!」
控え室に戻ってからリーダーが言った。
確かに今日のコンサートは、こちらが何もしなくても、お客さんが会場の雰囲気を盛り上げてくれて、僕らはその心地良い波の上で楽しく演奏させてもらう、まさにそういった感じのコンサートだった。
 まだパーティーは続いているようだったが、帰りの車の都合もあって、僕らはすぐに会場を出た。外は小さい雨がほとんど音も立てずに降っていた。
 今夜僕はリーダーの家に泊まらせてもらうことになっている。もうこの時間では帰りの電車はないのだ。
「もし、もしもだが、リーダーの家で一緒にビールを飲むことができるとしたら、さぞかし今夜のビールはうまいだろうな!」と帰りの車の中で僕は思った。
そして、その希望は実現されたのだった。

 今回も、堤さんをはじめ、車で送り迎えをしてくださった弟さん、会場で僕らの誘導をしてくださった武藤さんと林さん、それにパーティー出席者の皆さん、本当に楽しく有意義な時間を提供してくださりどうもありがとうございました。

2003年7月30日


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