ある田舎駅での話


 これは、諫早養護学校でコンサートをした帰り、ある田舎駅でのちょっとした出来事である。
僕ら一行は、みんなでトンカツ屋さんに入り、そこで数時間遅れの昼食を取ってそれぞれの帰路に分かれた。
リーダーと用務員と戸辺さんは克ちゃんの車で、ジョージは美代ちゃんの車で、評論家と僕はJRでという風に。
コンサート会場を出る時には降っていなかった雨が、トンカツ屋さんを出た時には、傘が必要と思えるくらいにパラパラと落ちてきていた。

JR組の評論家と僕は、美代ちゃんの車に乗せてもらってトンカツ屋さんから一番近い駅に入った。
雨から逃れるようにして駆け込んだ駅の建物の中は、田舎駅特有のひっそりした雰囲気で、僕等以外にお客は誰もいる気配はない。
駅の中まで送ってきてくれた美代ちゃんはきっと心配だったのだろう。
僕らが安全に電車に乗れるように駅員のおじさんに頼んでくれた。
「すみません、この二人は目が不自由なのでホームまで誘導をお願いします。」
すると、その駅員はさも不機嫌そうに言った。
「なんで私が連れていかないといけないの、お宅が連れていってあげなさいよ。」
電車が来るまでにはまだ10分以上時間がある。それに車の中には一人でジョージを待たせている。そのジョージは夕方から仕事が入っているのだ。
僕らが「彼女も先を急いでいるもので・・・」とそのことを駅員に伝えると、「こっちだって一人で仕事してるんだよ」と、いかにも「そんなことでこっちの手を煩わせるなよ」と言わんばかりの口調で、迷惑がっている気持ちを全く隠そうともしない。
僕らはカチンときたが、こんな所で言い合ってもしょうがないので、「分かりました」と言ってとりあえず怒りをぐっと飲み込んだ。
そして、先を急ぐ美代ちゃんを「後は自力でなんとかするから大丈夫だよ」と言って帰した。
 評論家と僕は、無愛想な駅員に「早くしなさい」とせかされて切符を購入し、それから手探り足探り杖探りで、なんとかホームへの出口を探し出した。
評論家と二人で駅舎の中をそうやってぐるっと回ったので分かったのだが、駅舎の広さは畳10畳分ほどしかない。そして先ほど切符を買った窓口のすぐ隣に改札口がある。
だから、駅員が仮に手が空いてなくても、言葉だけで僕らをホームまで誘導することくらいは、さほど難しいことではないはずなのだ。
ところが、僕らが「ここでもない」「ここは違う」などと大きな声で言いながら改札口を探している最中も、その駅員は駅員室の中からじっと見ているだけで、一言も声をかけてはくれなかった。

 一方、美代ちゃんは一度車に戻ったものの、駅に置いてきた僕らのことが気になって、またわざわざ駅の中まで立ち戻ってきてくれたのである。
僕らが駅に入ってから電車が来るまでの時間は13分。その間電車はもちろんお客さえも誰一人駅には入ってこなかった。
それなのに、「ここには自分一人しかいないから」と、僕らのホームまでの誘導を頑なに拒んだあの駅員っていったい・・・?
プラットホームには、静かな雨の音と、隣の駅員室からの賑やかなテレビの音声が聴こえていた。もしかしたら駅員は僕らの誘導よりもテレビの番組の方が気になっていたのかもしれない。
 結局僕らは美代ちゃんに誘導してもらって、雨の中無事に電車に乗り込むことができたのだった。

 僕は今その時の場面を振り返ってみて思う。
もしもあの時、僕一人であんな待遇を受けていたら、きっとどうしようもなく惨めな気持ちになって落ち込んでいただろうなって。あんな風に言われてまで人様にお願いしないといけない自分自身の無力さに対して。
ところが、仲間がいるってことはありがたいもので、二人だとそういうマイナスの感情を自分一人だけで背負わなくても済むのである。
乗り込んだ電車の中で、駅員の耐応の悪さにブツブツ言いながら、「あんな駅員を置くくらいなら、いっそ無人駅にしておいてもらった方がまだましだよな」と僕らはそれを笑い話にして車窓に向かって吐き出した。

 人はそれぞれ違った価値観を持っている。性格も異なれば育ってきた環境も異なる。だからこの世の中にはいろんなタイプの人が存在して当然なのである。
僕らに対して一人二人あんな態度を取る人がいたからって、それは全く不思議なことではない。むしろ、それが自然なんだと、僕らも現実を受け入れるべきなのだ。
だから、そのことで僕らが腹を立てたり落ち込んだりする必要もないし、いつまでも記憶に残しておく価値もない。
ただ、駅という場所はみんなが利用することのできる公共の施設なので、そのことをあの駅員のおじさんには、きちんと自覚しておいてもらいたいと思うのである。

2004年1月23日



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