伊万里・子ども劇場 クリスマス会


 日時 12月23日(金)
    18時30分〜20時
 場所 ログハウス・子ども基地

12月23日 金曜日 曇り時々雨


 今回、僕らが伊万里・子ども劇場でライブをすることになったきっかけは、先日の25周年イベントだった。
佐世保・子ども劇場の山北さんに誘われてライブを聴きにきてくださった伊万里・子ども劇場の下平さんが、「ぜひ伊万里でも・・・」とおっしゃって、声がかかったのである。

 迎えに来てくださった女性の車で僕と用務員が現地に着いた時、雨はもうほとんど降っていなかった。
僕らがライブをすることになっているログハウスは、大河内山という所にあって、伊万里の駅からは車で15分くらいかかる。その間、ログハウスがどのように建てられたのか、経緯や様子などをいろいろと教えてもらった。

 きっかけは、地域子ども教室の活動の拠点となる場所を作りたいというところから始まったらしい。発起人は、子ども劇場の代表をされている下平さんという助成の方で、日本生命財団と夢伊万里からの助成を受け、2年間かけて建てられたそうである。
設計を、建築会社にお勤めの下平さんのご主人に依頼し、後は材木の運搬から加工、基礎のセメント塗り、丸太の組み立て、床や天井張りまで、ほとんどの作業を数人のお母さんたちが中心になって、専門家の手は借りずに自分たちだけで行なったというからすごい。
「2年間、仕事が休みの時はずっとそこに通い詰めていましたねえ。」
「完成した時には腕に力瘤が出来てましたよ。」
そう言って運転手のお母さんは笑っておられた。

 「こども基地」と名づけられたそのログハウスは、柿畑の中にポツンと建っていて、大きさは畳にすれば8畳くらい。直径20センチ程の杉や檜(全て間伐材)の丸太を50数本使って、一切釘を使用せずに特殊な方法で組み立てられているという。
雨上がりで足場が悪いというので僕と用務員は係の人にエスコートしてもらいながら、いかにも畑の畦というような道を、時には枝の下をくぐりながら歩いて行った。
ほんのりとバーベキューの香ばしい匂いが漂ってくる。
「蛎や芋などを焼いて今までみんなで食べていたんですよ!」
と、迎えにこられたお母さんがおっしゃっていたから、きっとその匂いなのだろう。
「寒いですので、火のそばに来て、皆さんもどうぞ一緒に食べてください。」
これはもう僕には最高のお持て成しである。子どもたちが焼き上がったらしい芋とか殻の付いたままの蛎とかを「熱いですよ!」と言いながら心配そうに手に渡してくれる。
「熱くても大丈夫!どうもありがとうね!」そう言って僕は遠慮なく焼き上がったばかりの蛎に齧りついた。
「ああ、美味い!」
リーダーと評論家は僕らよりも10分くらい遅れて、リーダーは袴谷さんというスタッフの人の車で、評論家は彼のお姉さんの車で、それぞれやってきた。
しばらく僕らは、子どもたちが代わる代わる運んできてくれる、あつあつの蛎、芋、ダゴ汁などに舌鼓を打った。
子どもたちには僕らのような盲人はきっと珍しいのだろう。率先して世話を焼きたがる。お陰で、僕らの腹は充分に満たされて、おまけに身体もポカポカと温まった。
「じゃあ、そろそろログハウスに移動して準備をしようか。」
そう言って僕らはテントを離れた。
ところが、何人かの子どもたちがぞろぞろと後からついてくる。
ログハウスに入り、楽器を取り出して準備をする間も、ずっと興味深そうにその様子を見ている。
「ねえ、僕にケースの蓋を開けさせて!」
「わあ、ギターだ!」
「これ、どうやって弾くの?」
「今日何を歌うの?」
子どもたちの好奇心は留まる所を知らない。
「あんたたち、おじさんたちの邪魔になるから、準備ができるまで外に出ていなさい。」
お母さんたちに注意されて、みんなしぶしぶ外に出て行った。
時間はもう6時を少し回っている。
外で待っている子どもたちもお母さんたちもきっと寒いだろうなと思って、僕らは急いでギターとマンドリンのチューニングを済ませた。
当然のことながら、ログハウスにはステージなんてものはない。
「その道具箱を椅子代わりに使っていただいてかまいませんけど。」
そう言ってくださったので、僕らは部屋の隅に置かれている頑丈そうな木の道具箱の上に座布団を敷いて、そこに腰掛けた。
うん、これなら高さ的にもちょうどいい。まるでステージみたいではないか。
スタンバイして、僕らは外に向かってOKの合図を送った。
子どもたちが、「待ってました」とばかりに雪崩込んできて、僕らのすぐ前に並んで腰を下ろした。
「なだれこむ」と書いたのは、入り口が狭いからそう表現したまでで、子どもたちの数はそんなに多くなく、せいぜい10数人くらいだったと思う。

でも、みんなすごく楽しみにしてくれているようで、座るなり、「ねえ早く歌って!」とか、「クリスマスの歌は何を歌うの?」とか、次々に話しかけてきた。
僕のすぐ前に座った、3歳の男の子などは、「アンパンマンがいい!」とか、「何々がいい」とか、かわいらしい舌足らずの言葉でリクエストしてきた。
しょうがないので、僕は開始の時間まで、その子たちを相手に、「じゃあ、今日歌う歌の練習でもしようか」と言って『ジングルベル』や『赤鼻のトナカイ』をギターで弾いてあげた。
それに合わせて子どもたちが大きな声で歌う。「まるでこれは幼稚園か、小学校の音楽の授業そのものだな」と思った。

「ではこれからコンサートを始めます。最初の何曲かはみんなの知らない歌を歌いますので、静かに聴いていてくださいね。」
そうリーダーが挨拶して、僕らは1曲目の『ひとつぶの涙』を演奏したのだった。
コンサートは賑やかに子どもたちと会話しながら楽しく進んで行った。
子どもたちも、オリジナル曲を歌う時はちゃんと聴いてくれて、一緒に歌う歌の時は大きな声で歌ってくれて、その点僕らとしてもすごくやりやすかった。

以下は演奏した曲目である。
 1. ひとつぶの涙
 2. ふるさとが好きだから
 3. 昔僕らは海にいた
 4. 大きな古時計
 5. 私の子どもたちへ
 6. 清しこの夜
 7. 赤鼻のトナカイ
 8. ジングルベル
 9. 一本の木
 10. 散歩
 11. 優しさの種を巻こう
 12. 朗読「子どもの権利条約前文」〜なぜどうして
 ※ 権利条約を朗読してくれたのは、中学1年の藤原しんや君。
 13. 翼をください

途中、曲間のMCの他に、カズーという楽器の紹介をしたり、メンバー紹介をしたり、一本の木の歌唱指導をしたり、権利条約を中学生に朗読してもらったりしたので、トータルで1時間20分くらいかかってしまった。でも、子どもたちの間から、「ええ、もう終りなの?」と言う声が聞かれるくらいに、僕らにとってもあっという間だった。

 いくつかライブ中のエピソードを書いておこう。
 その1。 2曲目の『ふるさとが好きだから』を演奏している時、子どもたちは一生懸命に手拍子をしてくれているのだが、リズムがバラバラで、僕は内心「歌いにくいなあ!」と思っていた。それを察してか、横に座っていた評論家が、ギターを叩きリズムを取って手拍子をまとめてくれた。これは僕にとってすごくありがたかった。
 その2。 『赤鼻のトナカイを歌う前、』カズーという楽器を用務員が紹介している時に、ちょうど彼の前に座っていた小学4年生の男の子が、「ねえ、それ僕にも吹かせて!」とせがんだ。
用務員は、「いまはまだダメ!」と言って逃れたが、後ろのお母さんたちはヒヤヒヤされていたことだろう。
 その3。 「リーダーの人は2つも楽器を弾くのに、用務員のおじさんはどうして楽器弾かないの?」「楽器がたくさん弾けるからこの人一番偉いの?」という素朴な、しかも大人には絶対にできない質問が突然飛んできた。ハーモニカやカズーも「歴とした楽器なんだよ!」と説明はしたが、小さい子どもたちには果たして分かってもらえたか、疑問である。
 その4。 コンサートが終わった後、「僕にもギターを弾かせて!」と子どもたちが周りに集まってきた。でも僕はさすがにそればかりは応じてあげられなかった。ところが、横を見ると、評論家は自分のマーチンのギターを子どもたちに手渡して弾かせてあげている。それには僕も感心した。評論家って案外心が広いんだなあと思った。
 その5。 コンサートの前、道具箱に評論家、僕、用務員の順に腰掛けて行ったところ、リーダーの座るスペースがなくなってしまった。しかたないので、リーダーはコンサートの間、一人だけずっと立って演奏していた。
 その6。 リーダーは、『赤鼻のトナカイ』と『ジングルベル』の時、ギターを弾かずに鈴を振っていた。シャンシャンと鳴るその音は、クリスマスの雰囲気が出ていてなかなか良かった。ところが、『ジングルベル』を歌い終えた用務員が「ああ、耳がワンワンするよ!」と言っていた。リーダーの振る鈴の位置が、横に座っている用務員の耳のすぐそばだったのだ。リーダーは、子どもたちの大きな歌声に負けないようにと、ただ夢中で振っていただけなのだろうけど。

 帰りは、メンバー4人、1人ずつ別の車で、お父さんお母さん方にそれぞれ自宅まで送ってもらった。僕が乗せていただいたのは下平さんの車だった。
「外国の童話に出てくるようなお家を作るのが私の昔からの夢だったんです。」
そう言って、ログハウスの建設秘話などを話してくださった。
「何せ素人なものだから、最初は簡単に考えていたんですね。山に丸太を見に行った時、じゃあこれを抱えてごらん!と言われて1.5メートルくらいの丸太を差し出されたんですけど、全然持ち上がらないんです。そんな有様ですから、現在ログハウスの建っている場所まで運び入れるのも一苦労でした。でも、みんなで知恵と力を出し合えば、素人なりにも何とかなるものなのですよね。」
小さな力で大きな仕事をするために、あれこれと工夫を凝らしながら、みんなで力を合わせて作業していったのだと言う。
エネルギッシュなお母さんたちの熱意とパワーに僕は感服した。
「今の時代は、男よりも女の方が元気なんだよなあ!」
下平さんのお話を助手席で聞きながら、僕はしみじみとそう思った。
帰宅したのは8時30分頃。短い時間ではあったが、なかなか楽しい、思い出に残るクリスマス会だった。

伊万里・子ども劇場の方々、どうもありがとうございました。そして、お疲れ様でした。

2005年12月26日


 
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