「駅の桜


 僕が毎日通勤で利用している海辺の無人駅には、ホームと線路を囲むようにして50本もの桜の木が植えてある。この桜は駅ができた1930年に、地元の商店街の人たちによって植えられたのだそうだ。
満開の桜のアーチの下をディーゼルカーが通って行く風景はとても絵になるらしく、毎年あっちこっちからうわさを聞いた人たちがやってきては、その風景をカメラやビデオに収めて行く。
そういう訳で、普段は誰の目にも留まらないような寂れた無人駅が、この時期になると「桜の名所」として姿を変えるのである。

 僕がこの駅を利用するようになってかれこれ10数年になるが、その間いろんな人と一緒にその桜の風景を眺めてきた。
眺めると言っても、もちろん僕自身の視覚でではない。プラットホームで出会う人たちの目を借りてである。
最初僕に声をかけてくださったのは、近所の大きな病院の婦長さんだった。
「わあ、きれいだわねえ!今がちょうど見頃ですよ!」
上品なその婦長さんは、短歌がお好きなのか、よく満開の桜を見上げては、風流に何か歌を読んでおられた。
数年後、その婦長さんが退職され、後任としてやってこられた婦長さん。長崎から単身赴任とのことだったが、その方も前の婦長さん同様、少し離れた町から列車で通勤されていて、やはり同じように毎年この駅の桜が咲くのをとても楽しみに待っておられた。
プラットホームで僕と会う度に「もうすぐこの桜も咲きますねえ!」とか、「いま8部咲きくらいですよ!」とか、「薄いピンク色の花が線路を覆っていてすごくきれいですよ!」などと、花の様子を詳しく僕に説明してくださった。
桜の花はほとんど匂いがない。例えピンクの桜が頭上を華やかに覆ってくれていても、僕にはそれを実感できない。
だからこそ、婦長さんのしてくださる説明は、僕にとってたいへんありがたいものだった。
その婦長さんも赴任してきて4度目の桜の季節に、めでたく定年退職となり長崎に戻って行かれた。

 これでもう桜を眺めることはできないのかと寂しく思っていた矢先、今度は「毎日病院に母の介護に来ているんですよ」という60代のおばさんと挨拶を交わすようになった。
おばさんも前のお二人と同じで、電車を待つ間、よく僕に駅周辺に咲いている花のことや動物(小鳥や野良猫たち)の様子などを詳しく描写してくださった。
お陰で僕は、気切の移ろいを映像として頭の中でイメージすることができたし、桜という花は満開の時だけでなく、散って行く姿も絵になるのだということを知った。
数年前、道路工事によって、この駅の桜の数本の枝が無造作に切り落とされてしまったことがあった。「桜切るバカ・・・」ということわざがあるように、桜の枝は無闇に切ってはいけないのだそうだ。桜は梅などと違って、一度切ってしまうとなかなか再生しないらしい。
すっかり勢いを無くしてしまった数本の桜の木を見て、おばさんが「この桜、元のように元気になってくれるかしら!」と、しきりに気遣っておられたのを思い出す。
 そのおばさんも、昨年お母さんが亡くなられたらしく、それ以来プッツリとお見かけしなくなった。

 今、このエッセイを書いている時点で、駅の桜は8部咲きである。今年は例年に比べ、満開になるのが少し遅いらしい。
でも、残念なことに、もう僕に駅の桜の咲き具合を解説してくれる人は誰もいない。
これも時の流れなのかと思うと、なんだか寂しくなってくる。
「きっと桜もそうやって70年余の間、この町を離れて行く多くの人たちを、同じように寂しい思いで見送ってきたのだろうなあ!」と、以前ほど華やかではなくなったらしい桜の木の下のホームに立って僕は一人思った。

2004年4月3日



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