雨のバスセンターにて


1月26日日曜日 雨


 朝の9時30分頃、僕とアコギ評論家は佐賀のバスセンターでバンマスの和美を待っていた。
この場所で評論家はバンマスにギターを引き渡すことになっているらしいのだ。評論家が抱えているのはマーティンのD-35という普段僕らがなかなかお目にかかれないような高級なぎたー。
前回も書いたように僕は人のギターを弾かせてもらうのが何よりもご馳走!ってな訳で例によって僕の中の腹の虫ならぬギターの虫が騒ぎだしたのは言うまでもない。
「あいつに渡す前にぜひもう一度その名器を拝ませてもらいたい!」
評論家にそう頼み込み、ベンチの上でそっとハードケースの蓋を開いた。
 その時、
「ねえ、何か弾いてくださいません?」
そばで女性の声がした。声の感じからして年齢は60歳くらいだろうか。とても上品な声である。
「弾いてください」と頼まれて、もったいぶるほど僕は偉くはないし、かと言って「じゃあ聴かせてあげましょう」とひけらかすほどの腕もない。声の主がおっさんなら、即座に評論家にギターを手渡して「彼の方が上手ですよ」と言って逃げ出したいところだが、相手が上品な女性とあらばそういう訳にもいかない。
一応「困ったなあ!」という素振りを見せてから、僕はポケットからピックを取り出して指に装着した。
「何を弾きましょうか?」
実際のところ、リクエストを募って即興で弾けるほどレパートリーは持ち合わせていない。かと言っておばさんに70年代のフォークソングや僕のオリジナル曲を聴かせてもきっとつまらない思いをさせるだけだろう。
そんな僕の気持ちも知らないで、評論家は「サボテンの花や傷ついた心の君へを歌ったら?」などと言っている。
おばさんは、「何でもいいですよ、あなたのお得意な曲を聴かせてください」とおっしゃる。
仕方がないので僕は毎年老人ホームで演奏している「りんごの歌」をインストで弾いた。
それを聴いておばさんは「なつかしい!」とすごく喜んでくださった。
そしてその後「りんごの歌」や「母さんの歌」を一緒に歌ったのだった。

 参考までに書いておきますが、佐賀のバスセンター内は都会のそこほど人は多くありません。それに周りの人が迷惑するほど大声で歌った訳ではないのでどうぞご心配なく。
ただ、バンマスの和美は、僕がギターをケースに収めるまで遠くで他人のふりをしていましたけどね。

 僕らは車を運転できないから、いつも電車やバスを利用して目的地まで移動している。それを目にした多くの人たちは、決まって「目が不自由なのでたいへんですねえ!」と心から同情してくださる。
確かにたいへんである。できれば僕としても自宅から目的地まで送り迎えしてもらいたい。その方が楽だし安全でもあるから。
ところが、もしそういう状況になったとしたら、きっと僕らの白杖歩行に必要な感覚機能は退化してしまうだろうし、何よりも見ず知らずの人たちと接する機会がうんと減ってしまうだろう。
そこで両者を天秤にかけると・・・?やはり今の時点ではまだ人との出会いを楽しみたいと思う気持ちの方が強い。
そう言った意味でバスセンターという所は、僕らの平凡な日常に思わぬ出会いと意外な物語を提供してくれる貴重な場所なのだ。例えそれが瞬きする間の出来事であるにしろ、である。

 話を日曜日のバスセンターに戻そう、僕は最後に自分が最も好きな曲である「海原」をギターで静かに弾いた。
おばさんは、「とてもいい時間を過ごさせてもらいました。どうもありがとうございました。」と丁寧に礼を言って去って行かれた。

「おい評論家、懇談会の開始まであまり時間がないぞ、急ごう!」
 実はこの日僕らが佐賀に出てきた最大の目的は、点字図書館で行われる点訳・朗読ボランティアと、我々視覚障害者の読者との懇談会に出席して、農民作家山下惣一先生の「身土不二」の講演を聞くことなのだ。そして、その後仲間内で作っているカレークラブの新年会を開く予定になっている。
 評論家と僕はバンマスに見送られながら雨の中急いでタクシーに乗り込んだのだった。
 
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