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25周年記念ライブを振り返って(その1) 早いもので、あれからもう2週間が経ってしまった。ライブの後僕らは、PAを担当してくれた沖津さんが働いている「地球屋」という沖縄料理の店に移動して、賑やかに打ち上げを行った。 その時に語られた内容なんかも含め、イベント全体を僕なりに振り返ってみたい。 【かちがらすの仲間たち】 今回この名称で実行委員会を立ち上げたところ、数人のメンバーが集まってくれた。 リーダーシップを取って、会場予約から交渉、広報、機材運搬、打ち上げの段取り、メンバーの世話と、何から何まで僕らの目となり手となり足となり、動いてくれた戸部ちゃん。 イベントのユニークなタイトルやキャッチコピーを考えてくれて、チラシ、ポスター、チケットなどを製作してくれたアカシさん。 実行委員会から本番まで1回も休まずにかけつけてきてくれて、僕らの移動の介助、身の回りの世話、横断幕の交渉など労を惜しまず動き回ってくれた美代ちゃん。 用務員と共同作業で、当日演奏する20曲分の歌詞を小冊子にしてくれた美和ちゃん。 チラシや歌詞集の印刷や製本、僕らの移動、楽器や機材の運搬など、雑用を快く引き受けてくれた気のいい克ちゃん。 ミーティングの時にいろんな意見を聞かせてくれたり、友だちに声をかけてくれたりして協力してくれた、田頭さんや井上さん。 その他にも、宣伝やチケットの販売など、僕らの知らないところで、実行委員のメンバーと一緒になって遅い時間まで動き回ってくれた人たちがたくさんいる。 当然のことだが、この仲間たちなくしては、「かちがらす25周年記念ライブ」は行えなかっただろう。 みんな、本当にありがとう。 【かちがらすの様子】 ●リーダー 演奏はともかくとして、MCは上出来だったと思う。特に冒頭の朗読はなかなか効果的な演出だった。ただ、ああいうのは抜き打ちではなく、事前にメンバーにも知らせておいてほしかった。一度でもいいからメンバーを前に練習しておけば、あれほどまで緊張はしなかったかも。 曲間のジョークを織り交ぜながらのコメントは、さすが25周年の集大成というだけあって、よくまとまっていた。先日、長崎のワインバー田舎で飲んでいる時に、梅さんがリーダーのジョークのことを「フォーキージョーク」とおっしゃっていた。僕はそれを聞いて、「いやあ、リーダーのジョークもついにここまで来たか!」とある種の感動を覚えた。 人にそういう風に言ってもらえるということは、自分のスタイルを確立しつつあるということである。じゃあ、フォーキージョークとはどんなジョークなのだろうか。 しゃべっている途中、ほとんど表情を変えずにさらっと駄洒落を折り込む。だから、聞いている人は最初それがジョークだとは誰も気付かない。横にいる僕らはねたを知っているので、心の中で「残念でした!」と受けなかったリーダーを哀れむ。そしたら、しばらくして(1呼吸遅れて会場からドッと笑いが起こる。 僕には半分同情の笑いのようにも思えるが、まんざらそうばかりでもないらしい。多くのお客さんたちがこの寒いフォーキージョークを期待してくださっているようだから。 最初に「演奏はともかく」なんて書いてしまったが、今回のマンドリンはなかなかよかったと思う。『神田川』はすごく雰囲気が出ていた。梅さんがそれを聴いて、「やっぱりマンドリンが入るといいよねえ!」とそのサウンドを絶賛されていた。 ただ、一つ苦言を述べさせてもらうと、人がしゃべっている時にこっそり次の曲のマンドリンパートを練習するのだけはやめてほしい。練習は普段やっておくべきで、本番ではチューニング以外の音はなるべく出さない方がいいだろう。 と、こんなこと書くと、また「俺は風紀係に、全世界に向かっておこられた!」と言われるかもしれないけど。 ●用務員 ボーカル・ハーモニカ、彼のパートは、とても気合いが入っていて、友人たちの間でもなかなかの好評だった。中でも新曲の『平和と平等をあきらめない』のボーカルは特に良かったと思う。 用務員は、「楠林さんがピアノでガンガン煽ってくるので、負けないように俺は声を出したまでさ」と言っているが、おそらくそればかりではないだろう。かなり感情移入して歌っていたみたいだから。 住宅事情により、自分の部屋では大きな声で歌うことができないという彼は、コンサート前日、他のメンバーよりも数時間早く練習場所に行って、一人で練習していたそうである。しかも開場の外の駐車場の隅で。バックパッカーという小さなトラベルギターを弾きながら周りの目も気にせずに何回も繰り返しあの歌を歌っていたというからすごい。 彼はそれくらいの意気込みでこの歌に臨んでくれていたのだ。作詞したリーダーと、それを歌う用務員、案外思想や感性に相通じるところがあるのかもしれない。 ●評論家 評論家と言えばアコギ。ライブレポートでも紹介したように、当日は4本のアコギを持ってきていた。そのうちの1本(ラリビー)にはナッシュビル弦という細い弦を張っていて、これが今回のライブでは大活躍してくれた。2部のフォークソングのコーナーで『22歳の別れ』を演奏する時に簡単に説明したが、とても綺麗な音色で、不通のギターと一緒に演奏すると、まるで12弦ギターが混じっているようなサウンドの広がりが出てくる。評論家は今回のステージで、半分以上の曲にこのナッシュビルギターを使用したのではないだろうか。 もう一つ、これは演奏ではないが、彼の携帯電話も親睦の面で大きな役割りを担ってくれた。 コンサートイブ、ホテルのロビーでめぐさんと対面した時、それを見せたことで一騎にめぐさんと僕らの距離が近づいた気がした。僕の日誌を読んでくれている人ならご存知と思うが、評論家の携帯電話にはものすごい数のストラップが下がっている。ちなみに現在は60個。これを見せて興味を示さない人はまずいないだろう。 めぐさんもそれを見た瞬間は驚愕されていたが、すぐにその表情は綻んで、最後には笑っておられた。 もしかしたらそれも、人を瞬時に和ませることのできる、評論家の持っているあの独特のキャラのなせる技だったのかもしれないけど。 ●ジョージ 一度も練習には参加しなかったのに本番ではちゃんとハモってくれる。 当日の朝、楽屋で新曲の『平和と平等をあきらめない』を練習した時、全く初めてなのに、主戦の下のパートをきちんと歌ってくれた。それを横で聴いていたリーダーと評論家が「わあ、さすがだなあ!」と感嘆の声をあげた。 僕らは自分たちのホームページにメンバー専用の練習室を設けている。そこに僕が練習用の音楽ファイルをUPする。メンバーは自宅のパソコンを使って、その中から自分に必要なものだけをDLして練習するというハイテクな方法を取っている。 実を言うと、ジョージ用に新曲のコーラスパートをUPしたのは本番の数日前だった。はたして間にあうかなあと思ったがダメモトでUPしてみた。 コーラスというのは、主旋の上のパートはわりと音程が取り易いが、下のパートは自分の声が聴きにくく音程が取りにくい。用務員が主旋を取る場合、上のパートはほとんど僕が担当するので、ジョージは難しい下のパートに回ってもらうことになる。 それを意図も感嘆にやってのけるのだから、やはり円城寺先生と呼ばざるを得ないだろう。 コンサートには、小さい子どもたちもたくさん来てくれていたので、その子たちへのサービスに、ジョージの愉快な動物ものまねを聴かせてあげればよかったなあと、僕は後でちょっぴり後悔した。 ジョージにも一言だけ言わせてもらえば、『夏の天使』を歌うのだから、ウクレレを持ってきてほしかった。 「ウクレレってさ、弾かない時でもずっと手で支えていないといけないから、けっこうしんどいんだよね。」 僕が持ってきてほしいと頼んだ時、ジョージはそう言って頑なに拒んだのだ。弾かない時はスタッフに預けておけばいい訳だし、重いと言ってもギターやマンドリンに比べると軽いのだから、やはり持ってきて皆に披露すべきだったと思う。 ●楠林さん コンサートの後、ある友人からこういう感想メールが届いた。 以下、引用。 ライブ中、楠林さんの周りへの目の配りかたには、何だかとても心が温かくなりました。ステージを見てて、こう思ったのは私だけではないと思います。 メンバーの中に、このような存在の方がいるというのは幸せな事ですよね。 加えて、生で聴くかちがらすの曲のピアノにも感動しちゃいました! 引用、ここまで。 抽象的ではあるが、この短い文章の中に、楠林さんの暖かい人柄がうまく描写されているように思う。まさに楠林さんとはそういう人なのだ。 それはかちがらすの演奏にも反映されている。以前も書いたことがあるが、楠林さんのピアノが入ると、みんなは安心しきって大船に乗った心地になる。 だからという訳ではないが、今回も僕らは楠林さんにだいぶ負担をかけてしまった。ステージ以外でも、自宅から会場、ホテルまでのギターの運搬など、考えてみると僕らは何も手伝っていないのだ。ホテルやライブの会場で、楠林さんは一人で黙々とワゴン車に楽器を積み下ろししてくれていた。そして、その楽器たちをリーダーと評論家の家まで届けてくれた。それも僕らが打ち上げをしている時間にである。本当に楠林さん、ありがとうございました。 ●戸辺ちゃん 今回戸辺ちゃんも僕らと一緒にステージに立って2曲歌ってくれた。以前から僕らは「ねえ、ライブで何か歌ってよ!」と熱くラブコールしていたのだが、戸辺ちゃんは少し前までオールディーズのバンドのボーカルをしていて、二股をかけるのが嫌だったのか、ずっと断られ続けていた。 戸辺ちゃんのボーカルも、ライブ後の反響が大きかった。「あの女の人、歌上手いねえ!」何人もの口からそんな感想を聞いた。それを知っているリーダーは、これでまた例によって、僕のボーカル引退説を吹聴することだろう。 それはともかく、かちがらすはコーラスを売りにしているところがあるから、戸辺ちゃんにボーカルを取ってもらって、僕と用務員とジョージがハモるというのも案外おもしろいかもしれない。そう、PPMみたいに。 ボーカルもだが、戸辺ちゃんにはマネージャー的なこともいろいろとやってもらった。その一つ、今回の評論家のステージ衣装は戸辺ちゃんのコーディネートによるものである。 次は僕もお願いね、戸辺ちゃん。 ●美貴ちゃん 美貴ちゃんには今回、総合司会をやってもらった。 「司会をするなら、ついでにキーボードも弾いてよ!」 ライブの前日僕は、そんな無理難題を持ちかけてみたが、やはり鄭重に断られてしまった。まあ当然だけどね。 美貴ちゃんはライブの間、司会をしなくてよい時は、戸辺ちゃんと一緒にステージ上でメンバーのギターの持ち替えをサポートしたり、椅子の並べ替えを手伝ったりして、雑用をこなしてくれていたようである。 アンコールをもらって『Good by see you again』を演奏し始めた時、僕の左側でタンバリンの軽快なリズムが聴こえてきた。 「あっ美貴ちゃん、やっぱり一緒に演奏してくれたんだ!」 僕は嬉しくなった。 やはりこういう節目のコンサートの時は、美貴ちゃんには一緒にステージに居てもらいたい。きっと、そう思っているのは僕一人ではないはずである。 (その2)に続く。 2005年12月14日 |