|
ながさき九条フェスタ2008春(その1) 今回のレポは、日にちがずいぶん経っていることもあり、細かな部分の記憶が薄らいできているので、いつもとはちょっと趣を変えて、エピソードを拾い集めながらエッセイ風に書いてみたいと思う。 "かちがらす"の長崎九条フェスタへの出演は今年で3回目になる。 ステージに立ったのは、昨年同様、リーダーと僕の二人だが、ピクニックを兼ねてということで、評論家と戸辺ちゃんとニャンコ姫さんも一緒に来てくれた。 移動も、昨年までは人にお願いして車で行っていたが、今年は公共の交通機関を利用して行った(但しリーダーは楽器運搬のため自宅の車で移動)。 先に、この日の簡単な日程を記しておく。 5月3日土曜日(憲法記念日) 五月晴れ 自宅の最寄の駅から佐世保駅までJR(評論家・ニャンコ姫さん・僕の3人)。 佐世保で戸辺ちゃんと合流(8時40分)。 佐世保バスセンターから長崎駅前まで高速バス(9時〜10時30分)。 長崎駅前から会場である水辺の森公園のある出島まで路面電車。 会場でリーダーと合流(11時)。 イベント(11時〜15時30分頃まで)。 かちがらすの出番(13時10分頃)。 帰りは朝の逆ルート。 途中、長崎駅傍のビルの中にある居酒屋で17時から19時まで食事をして帰路に着く。 「緑の日」VS「昭和の日」 傍から見れば「そんなのどうでもいいだろうに!」と思えるようなことを真剣にいいあっている、そんなバカバカしい場面にたまに出くわすことがある。 この時もそうだった。朝8時10分、佐世保行きの電車の中、いつものように僕と評論家とニャンコ姫、3人で4人がけのボックス席に座って雑談をしている時の一幕である。 ゴールデンウイークということもあって、話題もそのことに及んで行った。どういう話の流れでそこに行き着いたのかは覚えていないが、突然、評論家とニャンコ姫が4月29日の祝日は「何の日か?」について言いあいを始めた。 「その日は緑の日やろっ!」とニャンコ姫。 「違う、昭和の日って!」と評論家。 「ええっ、緑の日じゃないと?」 「昭和の日に変わったやん!」 「私は緑の日って思うんやけど・・・」 「違うって、昭和の日って言ってるやろ!」 だんだんお互い興奮して語気が強くなって行く。 で、僕はというと・・・ 「おいおい、そんな向きになって主張しあうようなことでもないだろうに!」と心の中で思いつつも、口は挟まない。 答えは知っている。先日ラジオで言っていたから。 でも、ここで評論家の肩を持つと、2対1となってニャンコ姫が可愛そうだから、僕は黙って二人のバトルを傍観することにした。 「緑の日って!」 「ち〜が〜う〜 昭和の日って!」 あまりにも評論化が自信たっぷりに主張して全く引きそうにないので、ニャンコ姫はだんだん不安になってきたらしい。 バッグから携帯を取り出して、カレンダーを覗いていた。 「あっ、ほんと、昭和の日になってる!」 「ほらぁ、オイのいうたとおりやったろうが〜」 評論家は勝ち誇ったようにそう言って胸を張った。 こうやって二人の言い争いは評論家に軍配が上がった形で終結したのだったが、厳密に言うと、どちらも正解だと僕は思う。 なぜなら、二人は「4月29日が何の日か?」ってことで議論していた訳で、それに年号は含まれていなかったからだ。 今ちょいと調べてみると、この日が「昭和の日」と改められたのは平成19年からとなっている。それまでは「緑の日」で、もっと遡ると、昭和の時代までは「天皇誕生日」だったのだ。 したがって、年号を提示しない以上、その三つどれを言っても間違いではないと言える。と、これは僕のヘリクツで、上の会話からも今年のことで言い争っていたのは間違いない。 それにしても、朝からハイテンションである。これから長崎に行こうと言うのに、もうから熱くなって、二人とも疲れてしまわないだろうかと僕は心配になった。それでなくても、この日は初夏を思わせるような五月晴れの暑い陽気だったのだ。 かちがらすのメンバー間でも時にこの手の言い争いは起こるが、その場面に出くわす度に僕はいつも思う。正解が一つしか無い場合、正しいことを言っている側はさりげなく相手に逃げ道を作ってあげる配慮が必要なのではないかと。 なぜなら、人間、自分の敗北を心の中で認めつつも引っ込みがつかなくなっているってことがよくあるからだ。 僕もそうだが、相手が強く出れば出るほど、それを押し返そうと頑なになってしまう。要するに、相手が押し続ける間はこっちも引くに引けないのである。 上の場合でも、ちょっと押す力を緩めて脇を開けてあげると、「だって何時の4月29日って言ってないじゃん!」と相手に態を交わす隙を与えることができ、冗談へと持ち込めて後味も悪くなくて済む。 まっ、他人から見れば下らないと思えるようなことを話題に、本気で議論できるというのは、それだけ二人ともまだ無邪気なところを持っていると善意に解釈できなくもないが。 『あの日の授業』 "笠木透"の歌に『あの日の授業』というのがある。 あの日の先生は輝いて見えた 大きな声で教科書を読んでくださった ほとんど何も分からなかったけれど 心に刻まれた あの日の授業 という歌いだしで、この後、授業中の先生の台詞が熱っぽく朗読される。 そこで、今度の憲法では、日本の国がけっして二度と戦争をしないようにと、二つのことを決めました。 その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をする為の物は一切持たないと言うことです。 これから先、日本には、海軍も陸軍も空軍もないのです。 これを戦力の放棄と言うのです。 放棄とは、捨ててしまうと言うことです。 しかし、皆さんはけして心細く思うことはありません。 日本は正しいことを他の国より先に行ったのです。 世の中に正しいことくらい強いものはありません。 僕は知らなかったが、この台詞の文章は実際に終戦後の小学校の教科書に載っていたらしい。 数年前、最初にリーダーからこの歌を聴かせてもらった時、僕は感動で胸がジーンと熱くなった。 何とドラマチックで、説得力のある歌なんだろう。 メロディーに乗った言葉というのは、目で追う文字以上の説得力を持って心に伝わってくる場合が多い。もちろん、歌い手の表現力にもよるのだが。 笠木さんの作品には特にその力を感じる。それはリーダーが崇拝していることからも頷ける。 詩の朗読にしても同じで、BGMが入るのと入らないのとでは、雰囲気が全然違ってくる。効果的なBGMに乗っかって朗読される詩は、ムード音楽の仲で口説かれるのと同じで、言葉の一つ一つが感動的に人の心に入ってくる。 この『あの日の授業』は、そう言った意味で、とても効果的に憲法九条の意味と重要性を説いている素晴らしい歌ではないかと僕は思う。 「いつか機会があれば、"かちがらす"でもこの歌にチャレンジしてみたい。」ずっと僕もそう思っていた。 それが今回やっと実現したのである。 「ねえ、今度の九条フェスタで『あの日の授業』をやりたいんだけど、いいかなあ!」 リーダーから電話でそう持ちかけられた時、僕は思わず 「そりゃあいいけど、いったい誰が先生の台詞を朗読するとや?」 と尋ねてしまっていた。 「オイがするけん」 おお、珍しいこともあるもんやなと思いつつ、僕は怪物フランチェンよろしく、「いいよ!」とそれを簡単に承諾した。 あの日の先生は熱っぽかった これだけは決して忘れてはいかんぞ 泡を吹いて吼えたり叫んだり 心に刻まれた あの日の授業 以下、2番の台詞 もう一つは、他所の国と争いが起こった時、けっして戦争によって相手を負かして、自分の言い分を通そうとしないということを決めたのです。 穏やかに相談をして、決まりをつけようと言うのです。 なぜならば、戦をしかけることは、結局自分の国を滅ぼすような羽目になるからです。 また、戦争とまでは行かなくても、国の力で相手を脅すようなことは、一切しないことに決めたのです。 これを戦争の放棄と言うのです。 そうして、他所の国と仲良くして、世界中が良い友だちになってくれるようにすれば、日本の国は栄えて行けるのです。 九条フェスタの趣旨にこれ以上相応しい歌があるだろうか。 自信を持って、僕らは今回のイベントに臨んだのだった。 が、しかし・・・ 当日、出番を30分後に控え、芝生の上で寛いでいると、ステージから、『あの日の授業』の歌が聴こえてくるではないか。 「なにっ、うそやろぉっ!」 一瞬、僕らの息が止まった。 「かちがらす以外にもこの歌を演奏するバンドがいるなんて・・・」 戸辺ちゃんにパンフレットを見てもらうが、出演者リストの中にステージで演奏しているバンドはエントリーされていないと言う。 日程表によれば、今の時間はフリータイムになってるから、演奏しているのはきっと飛び入りの人たちじゃないのかなぁ」と戸辺ちゃん。 プログラムによると、次の次が"かちがらす"になっているらしい。今更曲目を変更する訳にもいかないし。 もうこうなったら開き直ってやるしかない。 そう腹を決め、僕らはステージに立ったのだった。 そこで注目されるのはリーダーのこめんとである。 はたしてどのように歌に持って行くだろうか?僕は横でギターのチューニングをしている不利をしながら、興味深く彼のコメントに耳を傾けていた。 「先程『あの日の授業』という歌が歌われていましたが、それを聴いていたお客さんの一人がとても感動されたご様子で、ぜひもう一度聴きたいとおっしゃっているのを耳にしました。 そこで、及ばずながら私たちかちがらすがそのリクエストにお答えしたいと思います。 では、かちがらすバージョンの『あの日の授業』を聴いてください。」 まるで取って付けたような、わざとらしいコメントではあるが、なかなか面白い。 誰も彼のコメントをまともに信じる人はいないと思うが、にも関わらず、それをすましてさらりと言うところがリーダー独特のユーモアなのだ。 それにしても、出島の海から吹いてくる五月の風の心地良いこと。 その風の心地良さが演奏の緊張感をスーッと吹き飛ばしてくれる。僕は久しぶりにそういう不思議な感覚をステージの上で味わった気がした。 あの日の先生は涙ぐんでいた 教え子を戦場へ送ってしまった 自らを攻めておられたのだろう 今頃わかった あの日の授業 先に別のバンドによって歌われていたということもあって、個人的には若干力が入りすぎたかなとの感はあるが、何とか無難に歌いこなせたと思う。 その2に続く。 2008年5月30日 |