ながさき九条フェスタ2006春(前編)



5月3日(憲法記念日) 水曜日 晴れ


 「10時までに会場に着かないといけないから、少しでも早く行けるように早岐駅で降りてきてね!」
前もってそうリーダーから言われていた。
8時25分、言われたとおり僕と用務員は早岐で下車し改札口を出ると、すぐに戸辺ちゃんが早足で歩み寄ってきた。
「おはよう!」
いつもながら戸辺ちゃんは元気がよい。
「ごめんねえ、休みの日なのにこんな早い時間から・・・」
僕らが言うと、
「う〜ん、いいのよ!」
戸辺ちゃんはさらっと応じる。
これまで何度こういう会話を交わしただろうか。
戸辺ちゃんはその度に、そんなこと全く気にもしていないという素振りで、さも当然のようにそう言って僕らをエスコートしてくれる。
ほんとうにありがたいなあと思う。
 戸辺ちゃんに誘導してもらって駅の外に出ると、パーッと太陽の強い光が顔に降り注いできた。この分じゃ昼間はなんだか暑くなりそうな予感がする。
助手席にリーダーを、後部座席に僕と用務員を乗せ、8時30分、軽の戸辺ちゃん号は五月晴れの下、長崎に向けて出発した。

 最近開通したばかりの新再開橋を通り、川棚、大村と走っていく。ゴールデンウイークというのに、道路はそれほど込んでいない。
6月3日、4日の約束を戸辺ちゃんに強引に取り付けたり、楽曲がオリコンにランクインするための条件についてとか、入門用ギターはどういうものを選んだらよいかとか、例によって脈絡のない話に花を咲かせていたら、気がついた時には、もう車は長崎市内に入っていた。
戸辺ちゃんは朝食まだ取ってないという。僕らも喉が渇いたし、ここらで何か腹に入れるものを調達しようということになり、時津のコンビニに立ち寄った。そして、飲み物とハンバーガーなど、ちょっとした食べ物を買い込んできて車の中で食べた。
「よ〜し、これで安心して歌えるぞ!」
出番は昼前らしいので、腹が減って声が出なかったらどうしようと、僕は密かに心配していたのだ。
会場に入る前に、前もって運んでもらっていたギターを受け取りに、森永さんのアパートへと回った。
はたして、この4人が乗った状態でギターを2本も積めるだろうか?
みんな心配していたが、リーダーの大きいギターをトランクに、僕の小さいギターを後部座席の僕らの膝の上に乗せたら、難なく収まった。しかし、時間が少し遅れ気味だ。
リーダーが係りの人と携帯で連絡を取りながら、場所を尋ね、イベント用に設けられた専用駐車場に辿りついた時、時間はすでに10時30分になろうとしていた。
かちがらすの出番は11時頃と聞いている。何とかギリギリで間に合いそうだ。

 会場の水辺の森公園に足を踏み入れると、ステージの方から心人の素敵な歌声が聴こえてきた。
「よかった!少しでも彼らの演奏が聴けて。」
実を言うと、僕が今回この九条フェスタに出演することを決心したのは、心人との出会いがあったからだ。

 話は一月ほど遡るが、オハナカフェのライブの時まで僕は九条フェスタへの参加を躊躇していた。
僕の住む伊万里から長崎まで電車を乗り継いで役3時間かかる。途中の接続の間の時間や徒歩の時間を足すと、どうかすれば4時間近くかかることもある。往復となると、移動だけで7時間から8時間だ。
わずか10分間のステージのために、8時間もかけてとなると、やはり考えてしまう。
一度「今回は辞退しよう!」ということで話がついていたが、リーダーはどうしてもあきらめきれないらしく、先方への返事を先送りにしていた。
オハナカフェのライブの時にでも時間をかけて僕を口説き落とそうと考えていたのかもしれない。
ところが、僕の気持ちを動かしたのはリーダーではなく、心人だった。
「二人のハーモニーすっごくよかったよ!」
ライブの後、僕は心人の二人の前で率直な感想を述べた。
梅さんの従兄弟の息子さんだという若者(ギター・ボーカル)と、彼が大学時代に巡り合ったという女性(キーボード・ボーカル)のユニット。二人の醸し出すハーモニーは素晴らしかった。僕はこれほどまでピッタリ息の合ったハーモニーをあまり生で聴いたことがない。
「で、今度いつライブやるの?」
そういう僕の問いに、
「5月3日、水辺の森公園で歌うことになってます」
と彼らは応えた。
「ええっ、水辺の森公園?」
「その場所、どこかで聞いたことあるような・・・」
アルコールが回っていたこともあって、なかなか頭が回転しない。
答えを求めて後ろを振り返ると、リーダーは我が意を得たと言わんばかりに、空かさず教えてくれた。
「ほら、九条フェスタたい!」
「あっそうか、どうりで聞き覚えがあると思った!」
「実は僕らもそのイベント出ることになっとるんよ。また会えるね。」
僕は言った後で「しまった!」と思ったが、もう後の祭りである。
後ろからリーダーと評論家の容赦なき会話が聴こえてきた。
「おい評論家、いま確かに幸松は九条フェスタに参加するって言うたよね?」
「うん、言うた、言うた!オイもちゃんと聴いた!」
なぜ僕はいつもこうなんだろう。結局今回もこうやって長崎行きを決断したのだった。

 会場の一角にギターケースを下ろし準備をしていると、ステージを終えた心人の二人が僕らの所にやってきた。
「この間はピックありがとうございました。」
「いやあ、覚えてくれていたんだね!」
僕は嬉しくなって、手にしていたヤイリのギターをまたしても自慢してしまった。
そう、いつかのあの時のように。まさか、結果まで同じになろうとは・・・。
「かちがらすさんのステージ、楽しみにしてますから」
そう言って二人は去って行った。
僕らは会場の隅に移動してギターのチューニングを始めた。ところが、慌てている時ってなかなか合ってくれない。そうこうしているうちにお呼びがかかり、チューニング途中でステージに上がらなくてはならなくなった。

 3人並んでマイクの前に立つと、すぐにコメントを求められ、ライブのタイムスタンプは押された。持ち時間は12分。歌うのは『平和と平等をあきらめない』と『なぜどうして』の2曲である。
リーダーが例のごとくジョークを織り交ぜながら憲法九条について話している間に、僕はせっせとギターのチューニングを行った。
「では1曲目に平和と平等をあきらめないという歌を歌います。」
ところが、僕のギターの音がモニターから聴こえてこない。
「すみません、ギター入ってないみたいなんですけど。」
「おかしいですねえ、ケーブルはちゃんと繋がっているんですけど。」
係りの人も首を傾げている。
「しかたない、生取りしましょう。」
ということになり、結局、僕のギターはマイクで音を拾うことになった。
後は歌うのに一生懸命だったので、ギターがどのように聴こえていたかまではわからない。
でも、さすがに野外。PAもしっかりしていて、すごく気持ちよく歌うことができた。

 演奏が終わった後で司会の女性の方がマイクに向かって、
「実は私、以前NBCラジオのある番組の中で、かちがらすさんにインタビューさせていただいたことがあるんですよ。」
とおっしゃった。やはりそうだったのだ。
本番前、会場の隅でギターのチューニングをしている時にリーダーが、「もしかして、あの司会の人、アナウンサーのひらのさんじゃなかかなあ!」と言っていた。
「そう言われれば確かにそんな気がするねえ!」
あれから10年以上も経っているので、僕はその程度の返事しかできなかったが、リーダーは直接電話でインタビューを受けているので確信があったのだろう。
「あの時、カセットテープを送っていただいて、番組で流した覚えがあります。「生で聞かせていただいたのは今回が初めてでしたが、歌詞の一言一言が心に染みてきてとても感動しました。」
と、僕らにすれば、これ以上はないというような、もったいないお褒めのコメントをいただいた。
きっとリーダーも、内心感激していたことだろう。

 ステージを降りて荷物の所に戻ると、戸部ちゃんと梅さんが出迎えてくれた。
梅さんは、6月4日にこの場所で行われる「明日の神話もってこい10000人まつり」のチラシを配るために来たのだそうだ。
そこで初めて、そのイベントの実行委員長をされているヨッシーさんを紹介していただいた。
これからは僕らも6月4日に向けてアクセルを踏まなくては。

後編に続く。

2006年5月18日



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