2月と4月のライブレポ(その2)


”かちがらす”のステージは?これまた正直に書くと、昨年ほどは盛り上がらなかったような気がする。
僕は周りの人たちの表情が見えないので、手拍子や拍手の数、冗句に対してのリアクションなどで空気を読み取るしかないのだが、誰もがよく知っているであろう曲を歌っても、テンポのある曲を演奏しても、リーダーが冗句を言っても、乗りが今一って感じだった。
と、これは僕がただそう感じただけで、実際のところは分からない。もしかすると皆真剣に聴いてくれていたのかもしれないし。
反応はともかく、僕自身は4月の明るい陽交を身体いっぱいに受けて、けっこう気持ちよく歌うことができた。声もそこそこ出ていたと思う。
欲を言えば、リハができればもっと良い状態で演奏できたんだろうけど、こればかりはイベントの性質上しかたないことである。

30分間のステージを終えテントに戻ると、昼食ということで昨年同様カレーライスがスタッフのご好意によって僕らの目の前に運ばれてきた。
ライブの後の食事のなんと美味しいこと。
「これにビールがあればなあ!」なんて欲深いことを思っていると、まるでアラジンの魔法のランプを擦ったかのように、ウラさんが僕らの前に現れて、テーブルにポンポンポンと缶ビールが並べられて、「はいビール!みんなで乾杯しよう!」ということになった。まるで催促してしまったみたいである。実際そうなんだけど。
その後も、2本目のビール、焼そば、パン、ウインナーと、次から次にウラさんはバザーで買ってきて僕らに差し入れしてくださった。
「かちがらすって、飲む人と食べる人と役割りが分担されとっとやね!」
そのウラさんの言葉に、「言われてみれば〜、確かにそうかもしれない!」と僕は妙に納得してしまった。
戸辺ちゃんと僕は飲む側、リーダーはもっぱら食べる側。
「でも、一人だけどちらも兼ね備えたヤツがいますよ!」
僕が言うと、ウラさんはさすがにピンときたようで、「なるほど!」と評論家の前に焼そばを二パック重ねて置いて行かれた。
それを「自分ひとりではこんなに食べきれませんよ」とか何とか言いながらもペロリと平らげた評論家は、この時、カレー1皿、焼そば3パック、菓子パン1個、串刺しのウインナーソーセージ3本、それに缶ビール2本を胃袋に収めたことになる。
いやあすごい!この日は特に調子が良かったのだろうけど、久しぶりに評論家の本領を見せてもらった気がした。

一方、善哉を食べてご機嫌のリーダーも、ウラさんが手を叩いて反応してくれるのをいいことに、お得意の駄洒落を連発してテント内に無意味な空調効果をもたらしてくれていた。
面白かったのはそれを横で聞いていたウラさんの反応だ。最初の方は、「うまいうまい」と言いながら8分音符で叩いていた拍手が、やがて4分音符に変わり、そのうち2分音符になり、最後には揉み手混じりの全音符の、ほとんど合の手になってしまっていた。
それでも逃げ出さずに最後までずっとあの親父ギャグに付き合ってくれていたウラさんって、一見するとまるで怖いお姉さんみたいだけど、実際はすっごく優しい人なんだなあと僕は改めて思った。

「ウラさん、あの切はどうもご馳走様でした。」
って、こんな所で言ってもウラさんには届かないだろうけど、ほんとありがとうございました。ビールも焼そばも美味しかったし、何よりも一緒に飲めて騒げてとても楽しかったです。

結局僕らはこの日、イベントの最後まで居て、ウラさんと井上さんに見送ってもらいながらタクシーに乗り込み、4時頃にリーダーの家に戻ってきた。
なるこクラブは障害を持つ人たちの作業所で、ご家族の人たちの強力なバックアップによって運営されているそうである。すばらしい!
応援、と言っても僕には何も手伝えないけれど、ずっとこの作業所が繁栄していくことを僕は切に願っている。そして、また機会があれば(もし呼んでいただけるならだが)、ぜひ歌いに行きたいと思う。

この日ステージに立ったメンバーは、リーダー、評論家、戸辺ちゃん、僕の4人で、演奏した曲目は、
  1. 平和な社会を そして明日を
 2. 野に咲く花のように
 3. 上を向いて歩こう
 4. You are not alone
 5. 時代
 6. 明日を信じて
の6曲である。
PAは、今回もまた沖津さんにお願いした。
「沖津さん、どうもありがとうございました。」

演奏に関して最近思うこと

 効果の程はともかくとして、僕はこの半年コーラスに最も力を入れてきた。
リーダーから次のライブで演奏する曲を言い渡されると、まずその曲を聴いて、もし戸辺ちゃんがボーカルを取る曲なら、どのようにハモればよいかを自分なりに考えてみる。
ギターを取り出し、最初に主旋の音階をなぞって、それにとりあえず3度下の音符をくっ付けてみる。
でも、それだけではメロディーラインが味気なくなるので、可能な限りなめらかなラインになるように手を加えてみる。なるべく主旋と音が重ならないように、なるべく主旋を跨がないように、なるべく主旋と平行に移動するようにと心がけながら。
あくまでもこれは専門的な音楽知識を持ち合わせていない僕の我流であって、正規の方法ではないので真似はしないでいただきたい。って、誰に言っているんだろう?
それがある程度出来上がったら、その音符を譜面に書き取る。としたいところだが、あいにく僕は全く譜面が書けないので、とりあえず歌ってレコーダーに録音する。
そして、その録音した仮のコーラスパートに合わせて主旋のパートを歌ってみる。しっくりはまればそれでOK!
となるのだが、そんなに一度でうまく行くことはまずない。なので、しっくりこない部分を再度ギターを使って練り直す。
この作業を何度か繰り返して、大体のメロディーが決まったら、それを弾き語りして正式版としてレコーダーに録音する。これが言わば僕のコーラスパートの譜面である。
次は練習だ。主旋と一緒に歌っても釣られないようにする為には、何度も何度も歌って、裏のメロディーを頭に叩き込む必要がある。僕は主旋を忘れるくらいに、暇さえあれば自分が考え出したコーラスパートのメロディーを口ずさむ。風呂の中、トイレの中、そして道を歩いている時も。
そうやってやっと覚えこんだメロディーでも、実際に練習で戸辺ちゃんと合わせてみると、「なんかおかしいな」と思える箇所が必ず出てきてしまう。だから、その録音を家に持ち帰って、今度は戸辺ちゃんのボーカルを実際に聴きながら、合わない部分を修正する。
これでやっと、自分なりのコーラスパートが完成するって訳だ。
この方法で練習した歌はこれまでに「一本の鉛筆」と「あと一マイル」と「I Wish」と「野に咲く花のように」と」「上を向いて歩こう」の5曲。

以前、用務員と二人でボーカルを取っていた時、彼はよく「俺はその時のフィーリングでハモっているだけで、頭の中には譜面なんて描いていないんだ」みたいなことを言っていたが、ああいう即興でハモるなんて芸当は、よほど音感が優れていない限り、そう容易く誰にでも真似出来るものではない。
増して僕なんぞには。だからこそ、一々こんな手のかかる作業をやっている訳である。
でも、僕はこの作業を行うようになって、ボーカルを取る際にメロディーの一音一音を大切に歌うようになった気がする。
コーラスでは、極力自分の歌い方の癖を表に出さないようにしないといけないし、音程も正確でないといけない。なぜなら、裏メロを歌っている者が目立ちすぎると、主旋のボーカルを邪魔してしまうことになるからだ。それと、発声やブレス、音量などもそろえる必要がある。
これは僕の勝手な音楽論に過ぎないが、そのことを心掛けながら練習してきたことで、逆に自分がボーカル、つまり主旋を取る場合でも、以前よりは幾分丁寧に歌えていると感じている。
あくまでもそれは僕の内面的な変化であって、歌が上手になったとかいうレベルではないので誤解なきように。歌なんてそうそう簡単に上達するものではないのだから。

で、ここからが本題になる。この方法をギター演奏にも応用すれば、もっとまとまりのあるギターサウンドが作れるのではないだろうか。
単にコードを合わせてジャラジャラ弾くのでなく、3本のギターがそれぞれ役割(リズム、アルペジオ、メロディーなど)を分担して、それらのパートをきちんとこなす。
つまり、頭の中に譜面(ギター譜)を描いて、それに忠実に演奏するのである。難しい奏法なんて全く必要ない。ただ、決めたとおりに正確に弾けばよいのだ。
そのギター譜はどうやって作るか?それは、アレンジャーが行うと、普通ならなるところだが、かちがらすにはアレンジャーなる者は居ないので、各自が自分の才覚で行うようにする。
それほど難しいことではないはずだ。上に書いたコーラスパートの例を応用すればいいのだから。
ボーカルや他のギターの音をよく聴いて、それにマッチする奏法を自分なりに探し出す。そして、頭の中でオリジナルのギター譜を完成させ、そのイメージのとおりに演奏するようにする。
僕自身、以前からそうしなくてはと思いつつもなかなか実行できずにここまで来た。
コードにしても奏法(アルペジオ)にしても、毎回その時の気分で若干変えたりもしてきた。
演奏の軸となる僕のギターが固定しないのでは、他の者も合わせ難かっただろうし、サウンドもばらついていたと思う。
これを機会に、もう一度原点に戻ってみるのも悪くないかなあなんて思っている今日この頃なのである。

2010年4月30日



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