2009年「今年1年を振り返って」 (その2)


8月23日(日) 中川五労「エンジェル・スカイ・ツアー」

 中川五郎さんのライブに前座出演させていただくのは二度目。しかも今回は1曲一緒に演奏できるというなんとも光栄な得点付きである。
「曲はそちらで決めていいよ」と豪太さんから言われていたので、リーダーと話し合って、五郎さんの数ある歌の中から「理想と現実」を選んでいた。理由は、二人の好きな曲の一つだからというのもあるが、コードがわりと簡単で、しかも皆で歌えそうだったからである。
コンサート当日は昨年と同じく、午前中佐世保のサンアビリティーで練習して、12時過ぎのMRで吉井に移動というスケジュールを取った。行動メンバーはリーダー、評論家、戸辺ちゃん、ニャンコ姫、それに僕、いつもの5人である。
豪太さんが何かの行事で遅くなるというので、吉井駅からライブ会場のレストランあおぞらまではタクシーを使って行った。
会場に着いても、今回は全く歌声が聴こえてこない。昨年はあんなに賑やかだったのに。控え室も静かである。スタッフを含め、まだ誰も来ていないようだ。もちろん、五郎さんも。
腕の時計を見ると、間もなく2時になろうとしていた。僕らは先にレストランで昼食を摂らせてもらうことにした。僕はうどんとカレーライスをオーダーして、カレーライスは戸辺ちゃんと半分分けして食べた。昨年来た時に、このレストランはカレーライスが特に美味しいと豪太さんから薦められていたからだ。
五郎さんや他の出演者が次々とやってきたのは、その頃だったと思う。五郎さんは今年も福岡風太さんと一緒だ。
昼食を済ませてから僕らは、できるだけ涼しい場所をと、庭の木陰を選び、そこに陣取って軽い音合わせをした。オハシ観音公園の中ということもあってか、周りでは遊んでいる子どもの声が聴こえる。
「緑色の風」を歌い終えた時だったと思う。僕らの目の前に五郎さんが立っていた。それに気づいて僕らが慌てて挨拶すると・・・
「五郎さん、さっきからずっとそこで歌を聴いておられたんよ。でも、それを教えるとみんな緊張するかなと思って黙ってたんだけどね。」
戸辺ちゃんとニャンコ姫が愉快そうに笑いながら僕らに言った。
「二人とも意地悪だなあ!教えてくれたらもっと気合を入れて歌ったのにさ!」
これは後にニャンコ姫から教えてもらったことだが、その時の五郎さんはニコニコしながら僕らの練習を聴いておられたそうである。
それから、今回五郎さんとかちがらすで歌うことになっている「理想と現実」のボーカルパートを相談しながら振り分け、一度だけではあったが一緒に歌って練習した。
参考までにそのパートを記しておくと、1番と2番、2回ずつ、計4回繰り返されるAメロの最初・パート1を五郎さん、続いてパート2を戸辺ちゃん、2番の最初・パート3を僕、そしてパート4を3人で。Bメロ、つまり何度も繰り返されるサビの部分は全員で歌おうということになった。
リーダーが日本のピートシーガーだと言って崇め続けている、僕らにとってはずっと遠い存在だったはずの中川五郎さんと、同じステージで、しかも一緒に歌えるなんて、なんと幸せなことか。
木陰とはいえ、8月の屋外はやはり暑い。昨年と違ってお日様もしっかり顔を出している。熱中症になっては困るので、僕らは早々に練習を切り上げ、控え室へと戻った。レストランあおぞらでは、リハの準備が進んでいた。
僕らもリハをさせてもらえるという。すぐに楽器を抱えてステージに上がり、まず簡単に一通り自分たちの歌を音作りして、それから五郎さんに加わっていただき、「理想と現実」を先程打ち合わせたとおりの要領でフルコーラス歌った。
「五郎さん、僕のギターを弾いてもらえますか?」
そう言って僕がギターを手渡すと、五郎さんは快くそれを承諾してくださり、歌だけでなく、演奏も一緒に手伝ってもらえることとなった。
五郎さんとリーダーと評論家がギター、僕がタンバリン、そして戸辺ちゃんがボーカルという編成だ。
リハではあったが、すごく乗り乗りで演奏できた。
風太さんだったか豪太さんだったかは忘れたが、演奏を聴いた後で、「この歌は盛り上がるから五郎さんのステージの一番最後にやったらいいよね!」と言ってくださった。セッティング上の関係で、実際にはできなかったけど。
リハーサルが終わってから本番までの間、他の出演者、と言っても”馬場すえよし”さんの率いるバンドだけだけど、その人たちと話をしたり、五郎さんにサインをしてもらったり、みんなで一緒に写真撮影をしたりして、楽しく過ごした。
ちなみに、評論家はギブソンJ-45のハードケースにサインをしてもらっていた。これが五郎さんに評論家の存在を強く印象付けたのか、後に五郎さんのライブ日記に評論家の実名が登場することになる。
馬場さんのバンドと言えば、メンバーの一人に僕と同じエッグシェーカーのコレクターが居て、すごく驚いた。まさか、そういう人とこんな場所で出会えるとは。それも、若い女性である。
彼女も、楽器点に売られているたくさんのエッグの中から、自分の好みに合った音のシェーカーを選んで購入するのだそうだ。現在20個くらい持っていると言っていたような・・・ 僕も女性の友人たちに配ったので大分少なくはなったが、それでもまだ10個以上は所有している。このエッグシェーカー、概観上はみな同じような形をしているが、メーカーや色や材質の違いによって、全く異なった音色をしているから面白い。
そう言えば、その時に庭で五郎さんや風太さんや馬場さんと一緒に写った写真はいったいどうなったんだろう?「現像が出来上がったら送ってね」って頼まれ、名刺までいただいていたはずだが。ニャンコ姫はちゃんと送ってくれたんだろうか?気になるところだ。

ライブは予定通り、18時30分に始まり、かちがらす、馬場すえよしバンド、中川五郎さんと、とても和やかな雰囲気で楽しく進んでいった。
五郎さんのステージもすごく盛り上がった。僕もアンコール1曲目の「ビッグスカイ」の時は客席から皆の手拍子に合わせてタンバリンを激しく打った。終わった後、左の掌がしばらくジンジンしていたから、かなり強く打っていたのだろう。横に座っている評論家などは「五郎さん最高!」と何度も絶叫していた。
評論家は昨年、体調不良と帰りの列車の時間の関係で、五郎さんのステージは聴くことができなかったのだ。「その分まで二倍楽しむぞ!」って感じで思いっきりフィーバーしていたようだ。よかったね、評論家。
アンコール2曲目の「へんな夢」では会場一体となっての大合唱となった。この歌はリーダーが最も好きな歌である。だからか、リーダーも一際大きな声でフルコーラス歌っていた。
順番がちょっと逆になってしまったが、アンコール前の「For a life」では、かちがらすのメンバー全員再びステージに上がり、サビの
  For a life For a life 生きるためには何が必要
  本当に必要なものは何
のフレーズのリフレイン部分を一緒に歌わせてもらった。これは五郎さん側からの依頼である。
この五郎さんとの共演は、かちがらすの歴史に残る、とても貴重な体験だったと思う。五郎さん、本当にありがとうございました。

かちがらすが演奏した曲は以下のとおり。
 1. 緑色の風
 2. 一本の鉛筆
 3. 僕たちのフォーク喫茶
 4. 平和と平等をあきらめない
 5. 理想と現実(五郎さんと共演)

この日はメンバー皆、タクシーで帰宅。僕と評論家は伊万里経由で、他の3人は直接佐世保へ。ニャンコ姫は佐世保で一泊して、翌朝帰宅したそうである。

9月23日(水) 太陽の祭り2009/autumn

[ 太陽の祭りautumn]は秋の豊作を祝って毎年彼岸の中日・秋分の日に出島ワーフで行われているイベントだそうだが、今年は8月14日に火災に遭って悲しくも全焼してしまったワインバー田舎の復興支援のためのコンサートでもあった。
火災に遭って途方に暮れている時、かちがらすの「災い転じて福となせ!」を応援歌として口ずさんでいたと、田舎のマスターの梅さんが自分のBBSで書かれていたのを読んで、僕らは支援ライブにはどんなことがあっても駆けつけてこの歌を歌おうと決めていた。
なので、梅さんから出演してほしいと声をかけて頂いた時はとても嬉しかった。復興の支援と言っても、今の僕らにはこんなことくらいしか出来ることはないからだ。
とは言っても、リーダーと二人、ギターを抱えてどうやって長崎まで移動すればよいのか、その手段を検討しなくてはならない。いつもサポートしてくれている戸辺ちゃんは仕事で行けないというし。
それに、コンサート当日まで数日しかない。練習もほとんどできない。困ったなとは思ったが、そこはもう気合で乗り切るしかない。
結局、サポートはニャンコ姫が、急な頼みにも関わらず快く二つ返事で引き受けてくれたので、三人で長崎まで日帰りで行くことになった。と言うか行けることになった。
ニャンコ姫とは長崎駅で午後2時30分、の予定が僕がリーダーとの待ち合わせ時間に間に合わず、佐世保発のバスを1本遅らせたので3時に落ち合い、そこからタクシーで会場の出島ワーフまで移動した。

(その3)に続く。

2009年12月28日



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