|
2009年「今年1年を振り返って」 (その1) はじめに ほんとうに早いもので2009年も間もなく幕を下ろそうとしている。 ”かちがらす”が今年行ったライブは大小合わせて9本。ここ数年の中では最も多かった。 しかし、それほど多忙だったという印象がない。おそらく、インターネットの普及により、パソコンを使っての自宅練習が可能になったことで、集まっての合同練習の回数がうんと減ったからだろう。 それまでは、1本のライブに臨むために、少なくとも3〜4回はみんなで集まって練習していた。ところが最近はせいぜい2回、つい先日に行った90分のライブでさえ、3回しか合わせていない。 今年の分だけで言えば、9月23日の長崎出島ワーフで行われた「太陽の祭り」と10月18日に佐賀の盲学校体育館で行われた「視覚連文化祭」に至っては、時間が取れなかったこともあるが、1度も合わせずに本番に臨んだ。 練習用の音源を僕がインターネットでHP上にアップして、それをメンバーが自宅のパソコンで聴きながら練習する。この方法が良いのか悪いのかはともかく、合理的になったのは間違いない。 春のライブに関してはすでにレポを書いているので、夏以後の分を簡単にではあるが、振り返りながら書いて行こうと思う。 8月9日(日) 水辺の森の音楽祭 このイベントからまだ4ヶ月余りしか経っていないのに、もうずいぶん前だったように感じられるのは僕だけだろうか? ”かちがらす”の出演は午後3時頃の予定だったので、午前中2時間程リーダーの家で練習してから長崎に向かった。 この日行動を共にするのは、演奏メンバーであるリーダーと戸辺ちゃんと僕。それに、サポートのニャンコ姫と付き人の評論家の計5人。 リーダー宅から日宇駅までリーダーと戸辺ちゃんと僕の3人は楽器と一緒にタクシーで、ニャンコ姫と評論家はバスで移動したのだが、途中何かのイベントがあっていて道路が混雑していたらしく、バスが定時よりもずいぶん遅く駅に到着し、あわや二人は長崎行きの電車に乗り遅れるところだった。 携帯で何度も連絡を取り合いながら、やっと間に合ったかと思うと、今度は長崎駅で、戸辺ちゃんが日傘を列車に置き忘れたまま下車すると言うハプニングが起こり、この日は波乱ずくめの幕開けとなった。 その傘は、車内に急いで取りに戻った戸辺ちゃん本人よりも素早く、駅の荷物預かり所に移動していた。長崎は、何時行っても同じような感想を抱くのだが、本当に親切な人の多い町である。 荷物預かり所で傘を受け取ってから、駅構内の売店で弁当とお茶を購入し、僕ら5人は、タクシーと路面電車に分乗して水辺の森公園に向かった。 会場に到着したのは午後1時30分頃ではなかったろうか、炎天下、ステージでは出演バンドのライブが熱く繰り広げられていた。 スタッフの梅さん、出演者のReiさん、橋口さん、岡野さん、何年ぶりだろう?懐かしい再会である。僕らは挨拶を交わし、出演者用に設けられたテントに入って、そこで少し遅めの昼食を取った。 会場ではビールが販売されていると言う。しかし、自分たちのステージを無事に終えるまでは自粛しようということで、真夏の午後の暑さをペットボトルのお茶のみで乗り切ることとした。 梅さん曰く、「プログラムが予定時間よりも1時間ほど早く進行しているので、長めにやっていいよ」とのことだが、何せ練習ができていない。こんな時に、喜んでその好意を受けられないレパートリーの貧困さ。「俺たちって、いったい何年音楽をやってるんだ?」と思わず自分に問いかけたくなる。 テントの中では僕らのすぐ前に”橋口ひろすけ”さん。橋口さんと言えば、2006年のお花カフェで行われた梅トリ記念ライブの時に素晴らしいフォークスピリッツを見せてもらっている。55年製のギブソンギターを抱えてのスリーフィンガーのミュート奏法、カーターファミリーピッキング奏法、そして巧みなブルースハープと歌との一人掛け合い。この日のプログラムの出演者名の欄にも「ギターピッキングの神様」と紹介されている。ちなみにかちがらすは「美しいハーモニーのフォークグループ」である。これはちょっと疑問だが。 また橋口さんのあのかっこいい歌と演奏が聴けると思って喜んでいたら、残念なことに、もうすでに出番は終わったという。その代わりに愛用の55年製のギブソンB-25だったか(型番はちょっと失念)を触らせてもらうことができた。「僕もこういう小振りの枯れた音のするギターが欲しい!」なんて潜伏していた例の病気が発症しそうになる。いけないいけない!橋口さん、どうもありがとうございました。 Reiさんこと阿部さんとの再会は、僕自身待ち焦がれていたことなので、とても嬉しかった。何故かと言うと、S&G(サイモンとガーファンクル)の話ができるからだ。 何の前夜祭か、はたまた打ち上げだったかは忘れたが、田舎に飲みに行った時、Reiさんがガットギターで弾いてくださったS&Gの曲がきっかけで、僕はその後しばらくポールサイモンのギターにどっぷりはまってしまった。 紛いなりにも、アンジーをコピーできたのは、あの時のReiさんから受けた刺激があったからに他ならない。 いつか機会があれば、ReiさんとS&Gの曲をセッションしてみたい、そう思いながら、その頃の僕はポールサイモンのギターのフレーズを日々夢中でコピーしていた。 それなのに、今ではもうすっかり指がそれらのフレーズを忘れてしまっている。ギターも学問と同じで、即席で身に着けたテクニックは、しばらく練習しないでいると、あっと言う間に自分の手から離れていってしまうものなのだ。 そんな話をReiさん本人にすると、「早く家へ帰りたい」のイントロのフレーズをポロンと爪弾きながら、いつもの穏やかな優しい口調で「またぜひやりましょう!」と言ってくださった。嬉しい限りである。 ステージ上でPAを担当してくださっていたのは、これまたお馴染みの”森のクマ”さん。僕らは「約束」「一本の鉛筆」「緑色の風」「平和と平等をあきらめない」の4曲を演奏したのだが、モニター(音の返し)もはっきり聞き取れて、とても気持ちよく演奏することができた。思わず、帰宅してからクマさんにお礼のメールを書いたほどだ。 クマさんからは、「しっかりしたボーカルでPAも楽にできました。」とのもったいないようなお褒めの返事を頂いた。これって戸辺ちゃんのおかげかも。その戸辺ちゃんだが・・・ ステージを降りた後、梅さんから「戸辺さんはステージで歌っている時が一番綺麗だね」って言われた。そう言ってもらえると、なぜか僕も嬉しくなる。だって、かちがらすで歌っている時の戸辺ちゃんが輝いているってことになるからね。僕らが引き立て役になっているってことも十分あり得るけど、どっちにしても、楽しそうに歌ってくれていることには違いないのだ。 これでやっと冷たいビールが飲める。戸部ちゃんとニャンコ姫に頼んで買ってきてもらい、僕らは真夏の暑さと移動の疲れを緩和させるべく、一気にそれを喉に注ぎ込んだ。 ステージ上に目を向けると、参加しているバンドの出身は長崎近辺ばかりではなく、福岡、広島、東京と様々。ジャンルも、フォーク、ロック、民謡、演歌、ジャズ、ボサノバ、ダンスとバラエティーに富んでいる。お経を織り込んだ音楽を奏でているバンドもいる。平和を願うミュージシャンの心には地域やジャンルの壁なんてものは無いのだ。 夕方になり、陽射しが少し和らいできていたこともあって、僕らはテントの中から皆が座っている芝生に場所を移動して、観客の一員となってそれらの演奏を楽しんだ。 その後、”山本なおき”さんや、”いかだ”の内田君と友だちだという藻刈(もがり)さん)からもビール・ワイン・おつまみなどの差し入れがあって、まるで自然のビヤガーデンってな雰囲気でやけに盛り上がってしまった。藻刈さんとは初対面。戸辺ちゃんに負けないくらいお酒が好きそうである。とても陽気なお姉さんって感じで一緒に飲んでいてなかなか楽しい。「今度皆で飲み会をしましょう!」なんて、軽はずみな約束までしたりして(笑)。 公園は広いので、会場のあちこちに同じようにお酒で盛り上がっているグループがいる。これも夏の野外イベントの、平和な風景のひとコマなのだ。 できることなら、最後の橋の介さん率いる”月極マイアミパーキング”のステージまで聴いて帰りたかったのだが、電車の時間があったので、最後まで聴いて帰るという佐世保組の二人を残し、僕と評論家とニャンコ姫の3人は途中で切り上げ、まだライブの続いている水辺の森公園を後にした。 そして、路面電車で長崎駅まで行き、駅ビル内のレストランで軽い夕食を摂ってから、いつもとは違うルート、長崎から特急かもめ号に乗って、長崎本線経由で帰ってきたのだった。 それでも帰宅時間は午後11時。やはり長崎は遠い。家の玄関前の数段の階段を上りながら僕は「ああ 長崎は今日も 遠かった!」とあのメロディーを思わず口ずさんでしまっていた。 (その2)に続く 2009年12月28日 |