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2007年 新年会(その2) 前もって戸辺ちゃんが予約してくれていたので、店に入って名前を言うと、すぐに店員さんがやってきて、エレベーターで3階の個室へと案内してくれた。 僕らは、これまで何回もこの店を利用させてもらっているが、個室というのは初めてだ。 これまではいずれも2階の大広間で、隣のグループとの境界さえもはっきりしないような、ガヤガヤした中での会食だった。 それはそれで隣のグループといつの間にか仲良くなって一緒に騒いでいたりしたこともあり、けっこう楽しかったのだけど、今回はやはり自分たちだけで盛り上がりたいということで個室を予約しておいたのだ。 部屋に入ってみると、そこは僕らがこれまで経験した2階の雰囲気とはまるで違っていた。静かなのはもちろんだが、テーブルも円卓で、しかも掘り炬燵式になっている。 その円卓の上には、中華料理特有の回転するテーブルが乗っていて、前菜とそれを分ける小皿が人数分並べてあった。 店員さんが勧めてくれた座布団に腰を下ろし、僕らは円卓を囲み向かい合う形で丸くなった。 部屋の広さはちょっと分からないが、テーブルの大きさからして10人くらいは裕に座れそうだ。 時計を見ると、丁度5時。しかし、美代ちゃんは5時30分頃、戸部ちゃんは6時過ぎにならないと来られないという。 いくらなんでもそれまでじっと待っているわけにもいかないので、とりあえず飲み物をオーダーして、集まっている者だけで先に乾杯させてもらうことにした。 料理だけは、美代ちゃんの到着時間に合わせて、5時30分過ぎに持ってきてもらうようにお願いしてある。 今回は個室予約ということで、料理はコース指定になっている。中華料理というのは、料理ごとに全員分まとめて大皿で運ばれてくるので、今居る人数分だけ先に持ってきてもらうというわけにはいかないのだ。 料理を待つ間の30分というのは普通長く感じるものだが、紅一点、田頭さんが居てくれたことで、話も弾み、あっという間に経ってしまった。 美代ちゃんも戸辺ちゃんも、ほぼ予定どおりの時間にやってきた。全員がそろったのは6時20分頃。そこで改めてリーダーの音頭でこの日3度目の乾杯をした。 「今年はいろいろとたいへんな年になると思いますが、それに負けず頑張りましょう!」 何がたいへんなのかよく分からないけど、とりあえずみんなでグラスを合わせた。 それから、料理を食べながらわいわいと雑談した。 その間も、円卓の上のターンテーブルには、スープ・ギョウザ・ハルマキ・皿うどん等、次から次へと料理が並べられて行った。 こういう場での話題には、往往にしてその場に居ない人が登場するものである。 「ジョージも参加したかったらしいが、連絡が急だったので、休みが取れず残念がっていた」と僕が伝えたところ、「それじゃあ、今年の忘年会の計画をこれから立てよう!」ということになった。 いくらジョージでも、1年前に連絡しておけば、遅いなんて言わないだろう!」と言うのである。 ちょっと飛躍しすぎのような気もするが、そこからの話が大盛り上がりだった。 みんなでジョージの住む嬉野に泊りがけで行って、温泉に入りながら忘年会をするという計画なのだが、話が具体的になるに連れ、ヘンな方向に進み、その発想の奇抜さに、僕らは腹を抱えて笑った。 詳しい内容は、かちがらすの品位に関わるのでここでは書かないが、とにかく面白かった。 メンバーの中には、どうしてもこういうバカ話についてこれない者もいる。普通なら、田頭さんとか、美代ちゃんとか、戸辺ちゃんを連想するだろうが、実はそうではない。 この3人は、僕らととても波長が合うので、一緒に物語の中にどっぷりと浸かっていたのだ。 じゃあ、誰かと言うと、一人は用務員、もう一人は克ちゃんである。 克ちゃんは、話に入ってこなかったのではなく、僕が持って行っていたキャストパズルのスパイラルを解くのに夢中になっていただけなのだが、用務員は、確かに異次元の空間で姿勢を正し、僕らの話を冷たい目で聴取しているといった、そんな態度だった。 「もう俺はこんな話にはついて行けん!」って感じで。 帰りの電車の時間が近づき、僕と用務員と評論家の3人が席を立とうとした時、美代ちゃんが「伊万里までなら私が送るよ」と言ってくれた。 「せっかくそう言ってくれてるんだから素直に甘えたら!」という皆の誘いもあって、僕らは再び腰を下ろした。話も盛り上がっていたし、戸辺ちゃんとはまだ1時間余りしか一緒にお酒を飲んでない。 本心を明かすと、まだ帰りたくないという気持ちがあったのも事実なのだ。「美代ちゃん、ありがとう!」 電車を車に切り替えたことで、30分の時間ができた。せっかくなので、僕は持って行っていたギターをケースから取り出して弾くことにした。 「ギターを練習する場合、かちがらすの楽曲の中で一番簡単な歌はどれ?」という質問に応える形で、僕はいろいろと弾いてみた。 結論から言うと、第3集の中で評論化が歌っている『あつかましい僕たちを許してください』になるのだが、もっとメジャーな曲でとなるとなかなか難しい。 僕は調子に乗って、まだかちがらすを結成する以前にリーダーと二人で作った歌なんかを記憶の引出しの中から取り出してきて歌った。 それから、田頭さんのリクエストで『明日天気になれ』もみんなで歌った。 なかなか楽しい時間だった。克ちゃんもその頃にはスパイラルを完全に征服していた。 お開きにしたのは8時30分頃だったと思う。店を出て歩道に立ってみると、町はもうすっかり夜景に変わってしまっていた。 いつも感じるのだが、酔った時の夜気はとても心地よい。戸辺ちゃんと、「またライブやろうね!」と約束を交わし、僕らは美代ちゃんの車に乗り込んだ。 そして、戸辺ちゃん、克ちゃん、田頭さん、リーダーの4人に見送られて、美代ちゃん号は伊万里に向けて出発したのだった。 伊万里初唐津行きの最終電車は9時40分、それに間に合わないと、用務員は今日中に家に帰り着くことができなくなる。車は国見の山を越え伊万里へと走って行った。 ところが、伊万里駅に着いてみると、1分前に電車は発車してしまったと言うではないか。結局美代ちゃんが唐津まで送って行くことになった。 こんな時間から唐津、武雄と回っていたのでは、美代ちゃんが戻ってくる頃にはもう真夜中になってしまう。いくらなんでもそれじゃあ帰りが寂しいだろうと思い、僕もお伴することにした。こんな僕でもいないよりはましだろうから。 唐津に用務員を、武雄に評論家を送り届け、そして再び伊万里に戻ってきた時、時間はすでに夜中の12時50分になっていた。 僕は車を降りる時、美代ちゃんに、「心配だから帰り着いたら必ず携帯にメールしてね」と言っておいたところ、美代ちゃんから「今無事に帰り着きました」のメールが届いたのが2時25分頃だった。ということは、伊万里からさらに1時間半、佐世保からトータルすると、6時間近くも運転したことになる。 本当に美代ちゃん、お疲れ様でした。そして心から、ありがとう! 2007年1月24日 |