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明日の神話もってこい10000人まつり 前夜祭(その2) 目の前の料理がほとんどなくなり、僕らが満たされた気分になっていると、評論化が突然コメを食べたいと言い出した。 評論家が大切に飼っている腹の中の虫は、いったん騒ぎ出すと、コメを与えてやるまではおとなしくなってくれない。そのことを、僕は長年の付き合いで知っているので、「ああ、やはり来たか!」と思った。 今更説明を加えるまでもないが、彼の言うコメは、生米じゃなくてご飯類全般を意味している。 料理のラインナップにご飯が入ってなかったので、僕は密かに心配していたのだ。 「しょうがないなあ!」 梅さんにお願いして、評論家用にチャーハンを一皿追加オーダーしてもらった。 そしたら、運ばれてきた大皿のチャーハンを、評論家は一人で抱き込んでペロリと平らげてしまった。 店員のおばさんも、その食いっぷりにはさすがに驚いた風で、「お客さん、よくお食べになりますねえ!」とえらく感心しておられた。 その一部始終を目の当たりにしためぐさんも、店員と同じリアクションだったのは言うまでもない。 「ねっ、僕の書いているレポはけっして誇張なんかではないってことがこれでわかったでしょ。」 「あんな風に褒めてもらえると嬉しいよなあ!」 直接的な言葉で自分の四次元胃袋を褒めてもらったことがよほど嬉しかったのか、評論家は後々までそう言って喜んでいた。 評論家、これでまた、君の大食家としての知名度は上がったね。 王鶴を出たのは9字頃。ビールを飲んだ後の夜気はいつも肌に心地良い。 みんなで、めぐさんをお送りするために、空車のタクシーを探して、中華街を賑やかな通りに向かって歩いた。 さすがは観光地長崎だけのことはある。数分歩いただけですぐにタクシーは見つかった。 「今日は遅くまで付き合ってくださってありがとうございました。ホテルでゆっくりと旅の疲れを癒してくださいね。」 そう言って、タクシーに乗り込むメグさんをみんなで見送った。 次の目的地は、銅座のワインバー「田舎」である。 「王鶴」から「田舎」までも歩いて5分とかからない。 めぐさんを見送った場所から、路地を数回右や左に曲がっただけで、酔いが覚める間もなく「田舎」のビルに到着した。 もうすっかり馴染んだ急階段を梅さんに先導してもらいながらスタスタと3階まで上り、入り口の暖簾をくぐり「田舎」の店内へと入った。マスターが不在だったにも関わらず、店内は大勢のお客さんたちで賑わっていた。 「今日はカウンターでいいね。」 そう言って梅さんが、僕らのためにカウンター席を4つ確保してくださった。そこに奥の方から僕、用務員、評論家、リーダーの順に腰を下ろした。ここワインバー「田舎」はカウンター席も掘りごたつ式になっている。 カウンターの中に入り、いつものマスターに戻った梅さんにワインを注いでもらって、改めてみんなで乾杯した。 「お疲れさーん!」カチャリッ! 後は戸辺ちゃんと楠林さんの到着を待つだけだ。 戸辺ちゃんからは、「王鶴」にいる時に一度電話をもらっている。8時頃だった。「今からそちらに向かいます」と言っていたので、たぶんこちらに着くのは10時頃になるだろう。 楠林さんからは直接連絡はもらっていないが、数日前の電話によると、夕方6時くらいまでは仕事ということだったので、それから出発したとして、こちらに着くのはおそらく11時頃になるだろうと僕は踏んでいる。 僕らは、ここ「田舎」にもう何度も来ているし、伝説ライブにも数回出演させてもらっているので、長崎の知り合いもずいぶん増えてきた。 カウンター席で僕の隣に座っておられたのは、一昨年の佐賀どんぐり村での伝説ライブの時にPAをされていた森のクマさんだった。 クマさんは、フラクチャーレコードの田中さんと二人で、明日の音響を担当されるのだそうだ。 僕らが「田舎」に行く楽しみは、第一に梅さんとお酒を飲みながら音楽談義をすることだが、それ以外にも、そこで出会った人たちからいろんな話が聞けることにもある。 この時もクマさんから、PAの裏話や、僕の知らないマイクロホンの話などをたくさん聞くことができた。 「多くのバンドが集うイベントでは、中には音響に対してうるさく注文をつけてくるグループもいるでしょうね。」 僕は尋ねた。 「まったくいないわけではないですが、一般的にそういう神経質なバンドは、はなっからこういうリハのできないような一発勝負のイベントには出演してきませんよ。」 「なるほどねえ!」なんとなくうなづける。 酒飲みはみんなそうだと思うが、酔いが回ってくるにつれ、記憶力はだんだん鈍ってくる。そんな時、僕は、用務員を頼ることにしている。 「おい、今の話ちゃんと記憶にメモっとってね。」 そして、後日レポートを書いていてどうしても思い出せない時に電話して尋ねるのだ。 「あの時はどうだったっけ?」と。 「幸松ちゃんは飲んだ時いつもオレを引き出し代わりに使うんだよねえ」と文句を言うが、僕としてはお陰でずいぶん助かっている。 クマさんから聞いた話も所々メモってもらった。その内容をここで書くと長くなるので割愛するが、とにかくすごく参考になった。 戸辺ちゃんから電話が入ったのは、予想していた通り9時50分頃だった。チェックインを済ませていまそちらに向かっていると。 電話を梅さんに渡してワシントンホテルから「田舎」までの道順を説明してもらった。戸辺ちゃんがやってきたのはそれから数分後。でも、戸辺ちゃんを迎えに行ってくださった梅さんはまだ戻って来ない。どうやら行き違いになってしまったようだ。 「迎えに出た方がいいかなあ」なんて余計なこと言うんじゃなかった。またしても梅さんの手を煩わせてしまったことを、僕はちょっぴり後悔した。 クマさんが席を一つ横に譲ってくださったので、空いた僕の隣の席に戸辺ちゃんは座った。 仕事が終わってすぐにかけつけて来たので、夕食はまだだと言う。 ワインを飲む前に、何か腹に入れておいた方がいいだろうということで、ピラフをオーダーした。 よほど空腹だったのだろう、戸辺ちゃんは「おいしかあ!」を連発しながら、満足そうにピラフを食べていた。 「幸松ちゃんが影響を受けたアーティストって誰?」 突然梅さんに聞かれた。 「そうですねえ、誰でしょう。かぐや姫やふきのとう、チューリップなどを学生時代はよく聴いてましたけど・・・」 そういうことは今まであまり意識したことがなかったので、即答できないでいると、梅さんは、自分が最も影響を受けたという、シャンソン歌手のジョルジュ・ムスタキという人について、その歌との出会いや、コンサートに行った時のエピソードなどを熱っぽく話してくださった。 梅トリアルバムを聴きながら、「この繊細な歌詞や綺麗なメロディーは梅さんのキャラとの間にすごいギャップがあるよねえ!」なんて、冗談言って笑ったりするけど、こうやって梅さんのいろんな過去の体験談を聞いていると、まるでドラマの挿入歌のように場面場面に応じて歌がしっくり重なってくるから不思議だ。 歌を作り続けていく上で、絶対に無くしてはいけないもの、それは少年の心なのだということを、梅さんの話を聞いて僕は再確認した。 楠林さんがやってきたのは、10時40分頃だった。その時店内は満潮状態で空席がなく、楠林さんはカウンターの中に、僕らと向かい合う形で座ることになった。 「じゃあ、全員そろったところで改めて乾杯しよう!」 梅さんの呼びかけで、僕らはこの日何度目かのグラスを合わせた。 ここで飲み物を整理しておくと、リーダーと用務員はコーヒーを、評論家は焼酎を生地で、戸辺ちゃんとクス林さんと僕はワインを飲んでいた。 しばらく経ってから戸部ちゃんが言った。 「ねえ、楠林さんって、あそこの席すごい似合ってるよねえ!」 「うん、確かに!」 僕も全く戸辺ちゃんと同感だ。 温厚な楠林さんは、そばにいるだけで人をほっとさせる、癒し計の雰囲気を持っている。 増して、梅さんと楠林さん、二人が並んでいると、僕らは何とも言えぬ安楽な空間に身を置いている、そんな気分になる。 梅さんは、カウンターの中とボックスとを絶えず行ったり来たりしながら、大勢の客の相手をしておられた。それにも増して忙しそうだったのが、従業員のジュリさんだ。声がかかればオーダーを受け、料理を作り、材料が切れたとなれば買いに走りと、見ていて気の毒になるくらいてんてこ舞されていた。 「僕もエプロンを付けて手伝おうかな。」 楠林さんが本気とも冗談とも取れる、礼の真面目な口調で言った。 準備をしているイベント会場から梅さんにお呼びがかかるようになったのは、11時を回ったころからだったように思う。 何かトラブルが発生したと連絡が入る度に、会場に駆けつけて行き、戻ってきてはまたお呼びがかかるといった具合に、慌しく店と会場とを行ったり来たりされるようになった。 その都度、僕らに「すぐ戻ってくるからゆっくりしていてね」と声をかけてくださるのだが、さすがに12時を過ぎると、僕らも落ち着かなくなってきていた。 と言うのも、「イベントの関係者は明日、朝が早いし、梅さんにしたって、準備できっと忙しくされているに違いないから、迷惑にならないように今夜は早く切り上げるようにしようね」と、ここに来る前にリーダーと話していたのだ。 しかし、いくらなんでも梅さんが不在の時に帰るわけにもいかない。しかたがないので、梅さんが戻ってこられるまで待つことにした。飲み物も、ワインから氷水に切り替えていた。 戸辺ちゃんはと言うと、飲み過ぎたのか、カウンターに頭を伏せて眠り込んでいる。時々頭を上げるものの、かなり辛そうである。 これは翌日戸辺ちゃん本人が自分で言っていたのだが、2時間くらいの間にワインをボトルにして1本半も飲んだらしい。 ワインなんてめったに飲んだことないというのに、いくら酒豪の戸辺ちゃんでもそんなにハイペースで飲んだのではこたえるはずである。 梅さんが最後に戻ってこられたのは1時を少し回った頃だったと思う。それを潮時に、僕らは席を立った。 表に出てみると、深夜というのに、通りはまだたくさん人が行き交っていた。きっと明日が休みだからだろう。 途中でコンビニに寄ってドリンクを買ったりしたので、結局ホテルに帰りついたのは1時30分頃だった。 「じゃあ、おやすみ!」そう言い合って、みんなそれぞれの部屋へ消えて行った。 僕は、シャワーも浴びず、買ってきたドリンクを一口飲んでから、そのままベッドに潜り込んだ。 睡魔はすぐに襲ってきて、数分もしないうちに僕の意識は夢の中へと吸い込まれていった。 2006年6月29日 |